爆乳悪魔の恋愛学

蓬川理樹

第1話

 大きくなったら、何になりたいですか?


 小さい頃、そんな問いをよく投げかけられた。


 それに対して、いつも俺は、その場その場で、適当な言葉を返していた。


 物心ついたときは、テレビに出てくる「変身ヒーローになりたい」と答えた気がする。


 もう少し大きくなってからは、ちょっと現実的になって、「プロ野球選手」になりたいと答えたと思う。


 さらに大きくなってからは、もっと現実的になって、「一流企業の会社員」と答えるようになった。


 しかし、それは。


 本当に、そう「成りたい」と、望んだわけではなくて。


 ただ単に、聞かれたから、適当にでっち上げただけで。


 当の本人の希望は、そんな高尚なものではなく。


 ただ、純粋に、なにもしたくなかった。


 「何か」に向かって努力するのではなく。


 「何か」を志して死に物狂いに打ち込むのでもなく。


 ただ、この人生を適当に生きて、適当に死んでいけたら。


 そしたら、なんて楽だろうか。


 そんな思いしか無かった。


 ――そう。


 「楽をして生きたい」という思いくらいしか、俺の頭には無く。


 「大変な思いをしたくない」という思いくらいしか、俺の心には無かった。


 ――だから、こそ。


 だから、こそ。


メア「しくしく……」


ジョン「……」


メア「お願いしますよぉ……」


ジョン「お願いされてもなあ……」


 目の前に、膝を崩して泣く少女がいる。


 その風貌はものすごく“奇異”だ。


 ふわっとした長い髪の毛に、あどけない顔立ち。ここまではいい。


 胸に抱えるは、バレーボールほどの大きさはあろうかと思うほどの巨大な乳房。


 ……まあ、これも別にいい。


 その、漫画であってもオーバーサイズと言われかねないほどの巨大なおっぱいに、さっきから目を奪われ続けているが、まあ、まだ現実の許容範囲だ。


 続いて、彼女の身に着ける衣装。


 ここはどこのSMクラブですかと言いたくなるほどの、パツパツのボディコンを着ている。


 前述の爆乳とあいまってものすごく目に悪い。


 露出度が高いうえに服も靴もレザー製であるために、余計に妖艶さが際立つ。


 ……まあ彼女の“性格”に艶やかさがないのが残念だが。


 ……と、ここまででも十分人目を引く見た目であるが。


 本題はここからである。


 問題は……。


 問題は、彼女の頭とお尻と背中にあった。


 まず、頭。


 平たく言ってしまうと、角が生えている。


 ……うん。


 ……“ツノ”が生えている。


 カタカナの“ノ”の字の形の、ゴツイ見た目をしたツノが、彼女の頭から生えている。


 ……まあ、これまでだったら、ギリギリ“コスプレ”と言い張ることもできなくもないだろうが……。


 彼女の見た目の異様さはそれだけではない。


 彼女の背中には、翼が生えている。


 鳥のような美しい翼ではない。


 コウモリが両腕に携えているような、なんというか生々しい翼だ。


 血管とかちょっと浮き出て見える。


 しかもこの翼、作り物ではない。


 彼女の露出した背中から直に生えているし、彼女の言動に合わせてパタパタと震える。


 今はまあ、この通り、意気消沈しきっているので、しょんぼりと折りたたまれているが。


 この時点で、どう考えても「普通の人間」とは言い難い。


 そして。


 極めつけは、彼女のお尻である。


 彼女のお尻――肛門よりやや上部――に、黒い尻尾が生えている。


 そう、まるで動物のようなしっぽが。


 ただし、犬や猫のような太い尻尾ではなく、もうちょっと細めで、ちょうど馬のケツを叩くムチくらいの細さだ。


 ただ、長さはかなりあり、おまけに先っぽはハートマークのような特徴的な形をしている。


 それが、生えている。


 そのうえ、こちらも彼女の感情に合わせて、ゆらゆら揺れている。


 こちらは、彼女の必死な思いを代弁しているのか、左右に振れている。


 ――そう。


 ここまで形容すれば、自ずと察しがつくだろう。


 そう、彼女は。


 ファンタジー小説やロールプレイングゲームに登場する……。


 “悪魔”……、なのである。


ジョン「……」


 ……で。


 その“悪魔”が、目の前で泣いている。


ジョン「あの……ほら、えっと、メアさん……でいいんだっけ?」


メア「……はい……」


 メアと名乗るこの少女は、ずずっと鼻水をすすり、それから首肯した。


ジョン「とりあえずさ、ほら、泣き止んで。ここアパートだから」


メア「で、でもお……」


 メアの涙は止まらない。


メア「あなたが協力してくれないと、私、悪魔として生きていけないんですよぉ……」


ジョン「それはまあ……さっきから聞いてることだけど」


メア「あなたしか協力してくれる人がいないんですよぉ……」


ジョン「だからってなぁ……」


メア「あなたの望みなら可能な限り叶えてあげますから……」


ジョン「いや、特に望みとか無いし……」


メア「そんなあ……そこをなんとか……!」


ジョン「そんなお願いされても……」


メア「その……えっと、優しくしてくれるなら……あの、え、……エッチなお願いとかも……ゴニョゴニョ……」


ジョン「……」


 ……その、言葉に。


 俺の股間が、ピクリと反応してしまう。


 しかし、「いやいや」と頭を振って平静を取り戻す。


ジョン「たとえ……エッチなお願いを聞いてくれるとしても……!」


メア「ダメですか……?」


 メアが上目遣いで俺に問いかける。


 顔立ちはすっげーキレイで可愛いから、余計にその誘惑に身を委ねてしまいそうになる。


メア「お願いですよぉ……!」


 メアが俺の腕に絡みついてくる。


 その柔らかな感触が、脳を刺激する。


メア「この通りです……」


 メアが俺の耳元で囁く。


 人ならざる者だからか、その吐息は甘い香りがした。


 これ以上ない快感に、俺の理性は揺さぶられまくる。


メア「もう……あなた無しでは生きられないんです……」


 荒い息遣いで、必死に懇願するメア。


 心臓の音さえも聞こえてきそうなほどの密着感。


 それでも……それでも……!


メア「……え、エッチなこと……!」


 ……。


 ……理性という“殻”に、ヒビが入っていく。


 パキパキと音を立てるそれは、徐々にその中身を露わにしていく。


 “本音”という、中身を。


メア「ジョンさん、ジョンさん……」


 ……。


 ……もう、いいかな、俺……。


メア「早く……早くください……」


 もう……ゴールしても……いいよね……。


メア「ジョンさんの“それ”が、欲しくて堪らないんです……!」


 もう、堕ちてしまっても……いいんじゃないかな……。


メア「ジョンさんの……」


メア「ジョンさんの……“命”が欲しいんです……!」


ジョン「……ぐうぅ……!」


 ――そう。


 彼女が求めているもの。


 それは。


 俺の――命だった。

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爆乳悪魔の恋愛学 蓬川理樹 @kuzukago

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