第18話 探求の色

「う〜ん、今日のご飯も絶品ですっ! この肉汁にコクの深いソースが絡まって口の中にとっても幸せな風味を作ってますよっ!」


「喜んでいただけて何よりです、おかわりはまだありますので」


 リーフェ宅の食卓でほっぺに手をやりながらまさに法悦と言わんばかりな表情をしているリーフェを見ながら目の前の皿に載せられたハンバーグを翔は切り分ける。


 ハンバーグといえば定番の料理だが、翔も父親の一登が好きだったこともあり作り慣れていた。だが問題なのはこの世界には『ひき肉』が存在しなかったことだ。そこで、肉屋で肉をひとかたまり買った後、翔は端から根気よく切り刻んで細かくすることによってこの世界でおそらく初めての『ひき肉』を生み出しハンバーグを作ることに成功したのである。


 ソースも勿論自家製。デミグラスソース風にはしたものの、やはり地球産それとはまた別の味になってしまった。だが勿論食べれないわけではない、味はデミグラスソース本来のコクの深さを残しながら、味が少しだけさっぱりになり少々和風に近づいた感じだろうか。


「それにしても、ショウさんも生活にだいぶ慣れてきましたね」


「え、そうですか?」


「えぇ。体に流れてる魔力の淀みもなく、最初にここに来た時に比べてこの世界に体が馴染んでいる。という感じに見えます」


 リーフェに言われて、翔は自分の手をジッと見る。確かに、言われてみれば身体強化術といい、今道四季流の技の精度といい、地球にいた頃に比べればすこぶる調子がいいように感じていた。これが、異世界だからなのか、それとも単純に自分が慣れただけなのかわからないがそれでも確かに言えるのは、こちらの生活の方が住みごごちよくなっているのは事実だ。


 身体強化術に至っては、最初の頃は数分使っただけですぐに筋肉痛で動けなくなっていたのが、今になっては数時間程度使っても筋肉痛にならない程度にまで身体が慣れて来ている。


「それに、ショウさんのお話も他の冒険者からお聞きしますよ。とても謙虚で、物覚えがいいと」


「買いかぶりすぎですよ。自分なんかまだまだ……」


 素直に褒められ、気恥ずかしくなりハンバーグとパンを一気に口の中に入れる翔。そして、その姿をみて微笑むリーフェ。たった二人だけの食卓ではあるが、このようなことができる相手がいなかったのも事実であり、この一ヶ月は翔にとって夢のような生活だ。


「それで、ショウさん」


「はい、なんでしょうか?」


「その剣。まだお使いになってるんですね」


 リーフェの視線の先、そこにあるのは翔が壁に立てかけておいたこの世界で拾った剣だった。口に入っているものを飲み込み、翔は立てかけておいた剣を手に取り軽く刃を出して見る。


 穢れを知らない真っ白な刀身、そしてそこに刻み込まれた謎の文字。ガルシア戦の一件で流石に刃こぼれの一つでもしているだろうと思っていたが、刀身に一切の傷、歪みなどなく新品同様の状態だった。むしろ、ガルシアの槍の方がボロボロになっており戦いが終わった後の槍の刃先を見た時は使用不可能といえるほどに壊れていた。


 単純な技量差でいえば、ガルシアと翔では経験の差も相まって当然ながらガルシアに軍配が上がる。仮に互いに同じ材質の武器で戦ったとするならば、翔の剣は戦いを初めて数分で刃こぼれを起こし武器を破壊されていただろう。そんな勝負でも接戦に持ち込めたのは一重に『今道四季流』というガルシアにとっては異世界の武術を用いて戦ったという、言うなればビギナーズラック的な運があったからである。その証拠に、時折ガルシアと翔との模擬戦ではあの最初の一戦以降、翔が勝つことはできていない。


 であれば、なぜこの剣が壊れずに存在しているか。それは純粋に今、翔の手に握られている剣が相当な硬度と耐久性を持つからであろう。


「ショウさん?」


「あ、すみません。考え事を……」


 リーフェの声に気づき、視線を剣に落としていた翔がハッと面をあげる。どことなく、心配そうな表情を浮かべるリーフェ、そんな彼女の表情に翔は軽く微笑み剣を床の上に置き「なんでもないですよ」と言ってから食事を再開した。


 ただの硬い剣。もしそれだけであるのならば、なんの問題はない。むしろ手入れが少なくすむ楽な剣だと考えればあの時拾っておいて正解だったというべきだろう。


 だが『拾っておいて正解だった』という単語を思い浮かべたところで翔の食事をする手が止まる。床に目線を落とすと、光の当たらない得体のしれない剣がひどく黒く見えた。


 果たして、こいつは拾ってきたのだったのか。


 違う、


 違う、


 違う、


 こいつは、捨てたのに手元に戻ってきた剣だった。


「……」


「……ショウさん、その剣。一度鑑定にかけてみてはいかがですか?」


「えっ!? え、ゲッホっ! エッホっ!」


 ハンバーグのカケラが入ってはいけないところへと入り思いっきりむせる翔。突然の反応に驚いたリーフェはすぐそばに駆け寄り咳を繰り返す翔の背中を優しく撫で始めた。


 もとい


「鑑定。ですか?」


「えぇ。冒険者が持ってくる物の中には、本当に稀なんですが用途、効能が不明の素材があったりします。そういったものを特殊な魔術や知識で明らかにしていくのを専門にされている方がいるんですよ」


「なるほど……」


「素材に限らず、刀剣や鎧などの武具の価値なども対象に含まれてます。まぁ、そのほとんどが偽物か本物かというくらいの鑑定内容になりますが」


 確かに、鑑定ができるというのであればぜひともしてもらいたいものだと翔は考えていた。それに、先ほど思い出したことの通り今でこそ平然に使って入るもののやはり不気味なことこの上ないのは事実である。一度しっかりとその正体を見極めるのも重要なことなのかもしれない。


「どうしますか?」


「……わかりました。鑑定の件、していただこうと思います」


「了解です、では私。明日は非番なので、早速明日とかどうでしょうか?」


「いいですよ。ちょうど自分も予定は特になかったので」


 明日といえば、特に予定という予定はない。そもそも、冒険者自体はフリーランスな職業なため毎日仕事、仕事というのはあまりない。であるため、収入はあまり安定せず他の仕事と兼業で稼ぐ冒険者も少なくはない。翔自身も、収入はいまだに安定はしていないがそれでも自分の食いぶち程度には稼げている。


 それに何よりリーフェの家に居候させてもらっているというのが一番大きかった。


「ハァ……早くなんとかしないとな……」


「? ショウさん、何かおっしゃいましたか?」


「い、いえ。なんでもないですよ。おかわり、いりますか?」


「ぜひお願いしますっ」


 だが、何はともあれ。もうしばらくだけ、ここにいるのも悪くない。そんなことを思いながら翔は差し出された皿に新しくハンバーグを盛り付けた。


…………………………………………………………………………………………………


「その鑑定師の人って、どんな人なんですか?」


「そうですね……、知り合ったのはちょうど十年くらい前なんですけど。ギルドでしばらく働いてくださってポッといなくなってしまった人なんです。なんというか、いろいろな意味で世話のかかる人でして……、手のかかる妹? あまり憎めないような……、といった方ですねえ」


 街を外れ、昼下がりの林の中を進んでゆく翔とリーフェ。


 イニティウムは簡単にいえば田舎である。特に何か名産品があるわけでもなく、かと言って何か観光名所があると言うわけでもない。街の人口はおおよそ千人いるかいないかで、そのほとんどが一般市民であり、人や街並みもほぼ中心部に偏っているためか少しでも外に出れば広大な平原と森が待っている、それでもそこいらに生息する魔獣やら魔物やらが中心部に入り込まないのは街に住む冒険者と自警団のおかげともいえるわけだ。


 さて、平然と林の中を進んでゆく翔。ふと隣をみればリーフェが朗らかな笑顔で横に並んで歩いている。服装は普段ギルドで働いている時の格好とは違い、シンプルなデザインではあるものの彼女の翡翠色の髪とよく合う淡いパステルカラーのワンピースだ。


「どうか、されましたか?」


「いえっ! なんでもないですっ、はいっ!」


「?」


 あまりに見惚れていたのかわからないが、リーフェがキョトンとした表情で翔に尋ねる。思わず顔を逸らしてしまったが、外は心地よい涼しさなのに自分の顔がひどく熱くなっていることに気づいた。


 同時に彼女と比べ、この世界で自分が持つ唯一の一張羅が今着ている地球から着てきた古着屋で売っていたどこかのバンドのロゴが入ったTシャツと言うのがひどく情けなく思った。


「ちゃんとした服も買わないとな……」


「そうですねぇ。ショウさんも冒険者ですから、それよりは動きやすい服の方がいいですよね」


「ははは……」


 林の中を進んでゆくこと數十分。魔力検査の時とは違い最初は舗装された道ではあったが、徐々に舗装されていた道はなくなってゆき、普通の獣道へと姿が変わってゆく。そんな足場の悪い道でもリーフェはワンピース姿であるにも関わらずスイスイと進んでゆく。そんな中、翔はリーフェの後ろをついてゆくが、時折はためくワンピースの端から目を反らすので必死になっていた


 林の緑が徐々に濃くなり、昼下がりであると言うのにも関わらず進むごとに夕方並みの暗さになってゆく。その鬱蒼とした気配に翔は思わず生唾を飲み込む、事前に魔物が寄り付く場所ではないとリーフェに教わっているものの、魔物以上に恐れなくてはならないものに囲まれているのではないのかと言う想像が脳裏をよぎり、背筋に冷や汗が流れた。


「そろそろ着きますね」


「……リーフェさん。疑うわけじゃないんですけど、本当にこんな所に人が住んでるんですか?」


「まぁ……、あの人は世捨て人みたいな人なんで。それこそ会うの自体、半年ぶりなんですけど……、どうしよう。私まで心配になってきた」


 世捨て人というより、隠居だろうか。いや、もはや人間なのかすら怪しい。それほどまでに普段入っている森よりもはるかに不気味に感じたのだ。


 草木をかき分けさらに奥へと進むと、森の中に一つ不自然に洋館のような建物がポツンと佇んでいた。その前で覚悟を決めた表情で立ち止まるリーフェ、そしてそれをありえないといった表情でみる翔。


「着きました」


「……マジかよ」


 洋館の外見はひどく痛んでいて、いまにも崩れそうである。庭と思しき場所には種類のわからない草木が生え散らかり、窓枠にも木が打ち付けられ、来る物を拒むような雰囲気が周囲を包み込んでいており、例えるならば心霊番組に登場しそうな廃屋だった。お世辞にも人が住んでいい場所ではない。


「その、本当に家……。うん。家にいらっしゃるんですか? その鑑定師」


「いらっしゃるはずですよ。多分、ですけど……」


 流石の荒れ方に、リーフェも徐々に自信をなくしているようだ。意を決し、洋館へと近づく翔とリーフェ。洋館から流れてくる風は涼しいを通り越して不気味な冷たさを感じる。入り口付近まで近づくと壊れ腐った木製のポストが玄関らしき所に倒れており、より一層人が住んでいることが疑わしくなる。


「あれ、ドアは?」


「……ドアは。前回盗まれたそうで……」


 ドアを盗むこと自体ひどく珍しいが、それ以前に盗まれたら付け直すという考えをここの住人は持ち合わせていないらしい。扉を開けることなく、持ち込んだランタンに明かりを灯し廃屋の中へと進む翔とリーフェ。


 廃屋の中は光が差し込むことなく外よりも一層と暗く、歩くたびに床の木が軋む足元を注意しなければ踏み抜いてしまいそうなる。リーフェはといえばそんな中を明かりを持って平然と歩いているが、翔は周りで何か音が響くたびに体を大きくビクつかせてもはや進もうとする両足が笑っているかのようにガタガタと震えている。


「あの、ショウさん。大丈夫ですか?」


「全っ然大丈夫じゃないですっ! 早く帰りたい……っ」

 

 そんな姿を見かねたリーフェが翔に話しかけるも、とてもではないが平静を保って受け答えをできる状況ではない。


 屋敷の壁や天井を見れば、このような廃屋になる前はさぞ立派な建物であったのは容易に想像できた。錆びて剥がれてはいるものの天井に下げられた照明器具には金細工が施されており、調度品の造形や飾られている絵などはどれもが、まだ芸術としての価値を失っていないことがうかがえる。


 と、そんなことに気を回す余裕が全くない翔と足元に注意しながら慎重に歩いてゆくリーフェの二人は廃屋の、ある部屋の一室の前で止まる。


「いつもはここにいるはずなんですが……」


「……こうなりゃ幽霊でもなんでも切り刻んでやらぁ……」


「落ち着いてください。大丈夫です、口は悪いですが根は優しい人なんで」


 ヤケクソに剣に手をかける翔とそれを宥めるリーフェ。二人の前にある部屋先程まで通ってきた部屋の数々とは明らかに違う扉の造りをしており、重々しい鉄製の広い扉には魔法陣のような魔術的な何かが手作業で荒々しく彫り込まれていた。


「ステラさんっ! いらっしゃいますかっ、今日は鑑定をお願いしに来たんですっ!」


『……』


 反応無し。


 扉を叩きながらその向こう側にいるであろう人物にリーフェは大声で話しかけるが、廃屋の中にリーフェの声がこだまするのみで反応は一切ない。


「とても珍しい剣なんですっ! ステラさんの力を借りたいんですっ!」


『……』


 反応無し。


 先程と同様、廃屋の中にリーフェの声がこだまするだけである。


 反応のない扉の前で呆然と佇む二人。翔はすでに限界のようで、剣の刀身をすでに半分ほど覗かせて目はギラギラと輝き扉に斬りかからんと言わんばかりである。


『今道四季流……』


「しょ、ショウさんっ! もう少し、もう少しだけ待ってっ!」


 深く息を吸い込むリーフェ。やがて、何かの雑念を振り払うように大きく頭を振ると扉の前に一歩前進し意を決したように扉を思いっきり睨みつけた。


「今日は美味しいご飯を持って来ましたっ! ですので開けてくださいっ!」


『ズガンっ!』


 推定重量、六〇キロ程あるだろうか。そんな鉄の塊とも言える扉が二人の前で勢いよく開く。その瞬間、扉の向こう側から流れて来た埃とカビの匂いが二人の体を包み込む。


「ゲッホっ!?」


「ご……は……」


 かすかに、扉の向こう側から聞こえる声。それはズリズリと床と布が擦れるような音を立てて二人へと近づいて来る。翔は目を血走らせ、涙を浮かべながら剣をガタガタと震わせ扉の奥から近づくものの正体を見極めようとする。


「ご飯を〜〜〜〜〜〜〜っっ! ここ一ヶ月ろくなものを食べてないんダァ〜〜〜っっ!!」


「……ヒュっ」


 そこから先の記憶は翔にはない。


 覚えているのは、和製ホラーも裸足で逃げ出すほどのリアリティーで床を這いずり回り紫の前髪を振り乱しながら翔に迫り来る人型の何かだった。




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