第17話 証の色

 あれから、約一ヶ月が経った。


 季節は秋に入り、少しだけ外の空気が心地よい冷たさになったこの日は、翔にとって新たな門出の日になる。いつも起きる時間よりも少し早めに起き、あり合わせの朝食をとった後足早にギルドへと向かう。


 秋の乾いて澄んだ青い空が眩しい。


 一ヶ月も経てば地球とは全く違う光景も慣れてゆくもので、少しずつではあるが街の住人にも顔を覚えられ、挨拶をされるまでに親密になっていた。冒険者としての活躍もまた同様、ガルシアの措置の申し出を断り地道にランクを上げてゆく道を選んだ翔の周りには、新人を珍しがる先輩冒険者で溢れ、魔獣の戦い方から素材の有効な部位とその剥ぎ取りかた、薬草として使える草や、毒や麻痺など罠に使えるものまで色々と教えてもらった結果、同伴付きではあるが一人でほとんどの仕事をこなされるようにまでなってきた。


 そして、ここまできて生活スタイルが変わった。といえば、あまり変化はなく初めてこの世界にきた時と同様、リーフェの家で居候をして彼女のために三食作る生活が続いている。唯一変わった点といえば自分の食材分は賄えるくらいの金額が出せるようになったくらいだろうか。


 ギルドの扉に手をかける。ドアの向こう側では先輩冒険者たちの賑やかな声で溢れている。改めて、これらの空気に馴染んでいる自分に違和感を覚えていないことが多少ではあるが嬉しく思うのだ。


「お、ショウじゃないかっ! 今日はあの日かっ」


「おはようラルク。多分届いてると思うんだけどな」


 扉を開けた瞬間に飛び込んできた明るい声。


 ブロンドを短くスポーツ刈りにしたのが特徴なラルクは翔が冒険者になったばかりの時に一番多く同伴した冒険者の一人だ。性格はとにかく明るく、仕事をしている時もどちらかといえば世間話の方が多い。今となってはこの世界に来てから初めて仕事仲間と呼べる友人である。


「にしてもなっつかしいなぁ。俺も一昨年だかに来て受け取ったっけか」


「ラルクもここで?」


「おう、俺は生まれも育ちもイニティウムだしな。はぁ〜、とっとと田舎から都会に移り住みたいぜ」


「そうなのか。だけど、ここもいいところだと思うぜ?」


「お前は都会から来たからそう思うだけなんだよ。いい加減、稼ぎのある依頼もこなしたいしな」


 椅子に座りながら手を後ろに組み大きく踏ん反り返るラルク。だが翔は知っている、田舎が嫌いだと言っておきながら、実はこの街の郵便に務めているうさ耳の獣人の女の子に片思いをしており、仕事のついでと言われ何度か覗きに付き添わされたことがある。


 と、そんなことを考え苦笑いをしていると翔は背中を誰かが軽く突っつく感触に気づき、思わず後ろを振り向く。そこには、少しだけ俯いて恥ずかしそうな表情を浮かべているメルトの姿があった。


「あ、あの。ショウさん、今日は来ていただきありがとうございます……」


「どうも、メルトさん。それで、あの。例のもの届いてますか?」


「あ、はいっ! もちろんですっ、是非座ってお待ちくださいっ」


 そう言いながらそばに置かれた椅子に何度も両手で催促をする彼女の姿を見て困った顔を浮かべながら翔はラルクの隣に置かれた椅子に腰を下ろす。そして、そんなやり取りを見ながら隣でほくそ笑んでいるラルクは隣に座った翔を何度もつつきながらからかい始めた。


「おやおやぁ〜ショウさ〜ん。だいぶあのお嬢様に気に入られているご様子でぇ〜」


「そんなんじゃないよ。それに、何がきっかけかわからないんだ」


「よくよく思い出してごらんなさいよぉ〜、なんかきっかけがあったんじゃないんですかぁ〜」


 きっかけ。


 現在、翔はメルトに好意を向けられているらしい。それ自身翔も気づいてるし、疎ましく思ったこともなければ、むしろ嬉しいとすら感じている。だが、なぜメルトは急に自分に好意を向け始めたのか、翔はそれがわからずにいた。


 と、ここ一ヶ月のことを思い返しているうちに隣に座っていたラルクが受付に呼び出され席を立つ。それを横目に、受付に座りラルクの対応を行うメルトの姿を見ながら確かに可愛いと思うが、純粋な好意を向ける彼女に果たして恋愛感情を抱けるかと考えたところで否定するように頭を振る。


 まさか、自意識過剰がすぎる。


「イマイシキ ショウさ〜ん。受付までお越しくださ〜い」


 リーフェの声がギルドの待合ロビーに響く。その声に惹かれるように立ち上がり、ロビーの中を進んでゆく。時折通り抜けようとするたびに他の冒険者がわざと転ばせようと足を引っ掛けようとしてくるが、これもリーフェの家に居候させてもらっている弊害だ。仕方あるまい。


 邪魔するように出される足の一つ一つを避けながら改めてリーフェの人気の高さがよくわかると思った。最初に住んでいるところを尋ねられた時、リーフェの家に居候をさせてもらってると言った時にはラルクも含めその場にいた冒険者になぶり殺しにされるのではないかという勢いで嫉妬されたのは記憶に新しい。


「リーフェさん、すみません。お待たせしました」


「あははは……、こちらこそすみません」


「そんな、謝ることではありませんよ」


 後ろを振り向き不敵に得意げな笑みを浮かべる翔、その煽りに顔を歪ませ額に青筋を浮かべる書類を持ったラルクと他冒険者。これだけは唯一自慢することのできる自分だけの特権、もはや異世界ラノベにおけるチートや祝福の一環ではないだろうかとすら思っている。


「ショウさんっ!」


「いやいや。すみません、今日はハンバーグにするので許していただけますか?」


「許しますっ!」


 さて、目の前の美人看板エルフ受付嬢の目をハートにしたところで。


 翔がなぜギルドに訪れたのかの本題へと進む。リーフェは受付のテーブルの下から一枚の封筒を取り出し、それをテーブルの向かい側に座る翔に手渡す。少しだけざらついた手触りのそれを翔は受け取り外側の感触を確かめると中に何かの用紙のようなものと、免許証ほどの大きさのカードのようなものが入ってるのがわかった。


「開けても?」


「えぇ、もちろんです」


 封筒の裏に貼られた赤い蝋の封をゆっくりと剥がし、中身を確認する。封筒の中からまず最初に出てきたのは明らかに高級品のような見た目の一枚の紙である。早速取り出し、中身を見るとそこには紙面に円を中心に大きく囲うように描かれた七角形の紋章、そしてその上にはギルドの本部から正式に冒険者として認定するような旨のことが書かれていた。


「こちらの書類の手渡しを持ちまして、ショウさんは正式に冒険者となります。では、もう一つのものを確認してください」


「わかりました」


 書類を脇に置き、封筒からもう一つのものを翔は取り出す。軽く揺さぶると、中から免許証ほどの大きさのカードが手の中にストンと落ちる。指先で持ち上げ、そのカードに書かれているものを凝視する。


「こちらはギルドカードと呼ばれるものになります。これを持ってさえいればギルド協会のどの支部の受付でも仕事の依頼を受け取ることが可能です」


「おぉ……」


 要するに役割は会員カードと似たようなものだろうと翔は思った。地球にいた頃は、車の免許証を足りない金を工面してなんとか手に入れていたが、その時の苦労が思い返されるようでギルドカードを見てると思わず目が潤んでしまう。


 さて、今回翔の元に届いたギルドカードと認定書類の数々。これらは、まずギルドで冒険者の登録を行われる時の情報に基づいて作られている。そして、それらの情報は一旦支部に預けられ、ギルド協会の総本山である王都に運ばれる。そこで軽い審査などが行われ、初めて認定証とギルドカードが支部に届けられる。もちろん、この世界には車や飛行機などあるわけがない。故に、情報の郵送は陸路であるため、場所によって登録からかなりの時間がかかる場合がある。よってイニティウムの場合は王都との往復で一ヶ月ほどの日数がかかってしまったということになる。


 ギルドカードには、自分の名前、性別。カードが発行された支部の名前、そして扱う武器種、現在のランクなどが書かれていた。元々異世界の文字はこの世界に来てから自然と読めるようになっていたので書かれている文字はなんとか読むことができる。しかし、その中で一つだけ気になる点があった。


「すみません……、この『色』の欄が空白になってるんですけど。これは……」


 翔が指差すのはギルドカードのおそらく持ち主の持つ魔力の『色彩』が書かれている欄。だが、そこの部分には何も書かれておらず空白になっている。


「あ、これはですね……。これは少々説明しづらいのでずが、ショウさんにはギルドに稀有な魔力の色を持つ者としての措置で空白となっています」


「……というと?」


「ショウさんはないと思いますが……、仮にこのギルドカードを紛失した場合。もし、ショウさんが無色を持つ人物とわかった場合のトラブルを回避するために空白となっています、もちろん偽装として違う色をこちらに記載することも特別に可能です。いかがなさいますか?」


 確かに、このまま空白であるのも逆に怪しまれる。無くすような機会はおそらくないだろうが、それでも万が一というのもある。であれば、ここで偽装となる色をここで記載してしまうのが得策だろう。


 しかし、問題は何色にするべきだろうか。


「そういえば、リーフェさんは確か『緑』でしたよね」


「え? は、はい。そうですけど……」


「では、自分の色も同じ『緑』ということにしてください」


 突然の申し出にリーフェは耳を大きくビクつかせて驚いた表情をしたまま固まる。他意はない、といえば嘘になる。唯一言い訳をするのならば、一番親しくさせてもらっている人間で共通点がこんな形で一つ増えるのはとても嬉しいことだと思ったからだ。だが、翔も考えてみればこのような考えでリーフェと同じ色にしたいと願い出たことは後々になって恥ずかしいと気づいてしまい、思わず顔を逸らしてしまう。


 少しだけ気まずい沈黙が数十秒。


 先に口に開いたのは、平静さを取り戻したリーフェだった。


「では、そのように書き換えさせていただきますね」


「す、すみません。よろしくお願いします……」


 仕事モードに戻り淡々と翔のギルドカードの『色』の欄に緑の魔力であることを示すスタンプ押される。そして、もう一つリーフェはスタンプを取り出すと、今度はランクの欄に重ねるようにスタンプを押す。


「え? リーフェさん、これは?」


「はい。ショウさんはこのカードを受け取るまでの間の冒険者活動の功績によって、この度ランクを一段階あげさせていただきます」


 当然、冒険者は認定証とギルドカードがなければ冒険者としてギルド協会から報酬を受けることや功績を上げることはできない。だが、前述のようにそれらの書類が届くのに日数がかかる場合においては免除措置として、先輩冒険者同伴の元で冒険者としての活動が許可されているのである。


 そして、一ヶ月先輩冒険者の元で依頼をこなしてきた翔はギルドカードと書類が届いた時点でランクを上げるに足るものとイニティウム支部のギルドに認められたため、今回ランクを上げることが可能となったのだ。


「これで、ランクDからの依頼も受注可能になります」


 これからも頑張ってくださいね。と、


 笑顔でギルドカードを渡すリーフェ。


 思い出すのは初めてこの場所に訪れた時のこと、あの時は混乱して何もわからず、まるで自分が異質な存在なのではないのかと思った。だが、今こうして一緒に仕事をする仲間もいれば、好意を向けてくれる人もいれば、普通に馴染んでこの場に立てている自分がいる。


 初めて、この世界いることを許された証を手に入れたような気がした。


「ショウさん?」


「え、あ。いえ、大丈夫です、大丈夫です」


 突如涙腺が緩み、目から暖かいものがこぼれそうになる。それを悟られぬよう、顔をリーフェから背けながら片手でギルドカードを受け取った。『ありがとう』と少しだけ掠れた声で礼を言った後、席を立ちまっすぐギルドの出口へと向かう。


 秋の乾いて澄んだ青い空が眩しい。


 自分の冒険者としての生活はここから始まる。


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