第15話 武の色

「お前が戦闘を行って無意識に身体強化術を使っていた。だとするならば、俺と戦闘訓練を行っていけば手っ取り早く身につくのではないかと思ってな」


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


「何、安心しろ。もちろん手は抜いてやるさ」


 次の瞬間、ガルシアの放った鋭い突きが冷たい風切りと共に翔の頬をかすめる。直撃すらしなかったものの当たりさえすれば怪我どころの話ではないというのは一目瞭然だった。翔はすぐさま剣を引き抜き一気に後ろへ距離をとる。


 先ほどの攻撃といい、ガルシアは本気だというのは十分わかった。


「この前の戦闘を見てからずっと考えていたんだ、ショウ。お前さん、どこでその剣技を覚えた?」


 槍に巻かれた鎖を徐々に解いてゆくガルシア。翔は手に持った剣を両手で構え直す。互いの間合いを取るように一定の距離を保ち睨み合っている。


 剣と槍、純粋に考えれば軍配は槍に上がる。リーチが長く、間合いを剣よりも多く取れる槍は中距離の攻撃で確実に仕留めることが可能だ。しかし、裏を返せば槍の間合いに入り込んでしまえば攻撃から防御にしか回ることができないということである。


 無言で槍の間合いに入り込む戦略を考える翔。ガルシアも同様、深く息を吐きながら警戒する。


「本気で打ち込んでこい、遠慮はいらん」


「……行きます」


 先に動いたのは翔、一歩で一気に間合いを詰め込む。草が舞い飛び、風をかき分けるようなスピードで槍の間合いへと入り込む。だが、ガルシアもだた間合いに入り込まれたわけではない。とっさに槍につけられた鎖を解放、向かってくる翔が剣を持つ両腕へと巻きつける。


「デェアアアアアッッ!」


「鎖分銅……っ!?」


 次の瞬間、野太い声とともに槍が振るわれ鎖にしばれたまま大きく体が吹き飛ぶ翔。顔を歪ませ地面に叩きつけられる寸前に受け身を取るものの、鈍い衝撃と痛みが背中に走りしばらく動けなくなる。


 一筋縄ではいかない。


 地面に伏せながら、真っ向勝負では勝ち目がないということを悟る。


「今のはなかなかいい感じだ。だが、足に集中していて他がおろそかになっているぞ。しっかりと全身に魔力を流せ」


「っ……」


 立ち上がろうとした瞬間である、頭上から振り下ろされる槍の先端。翔はすぐさま両腕に巻かれた鎖を解き剣で槍を受け止める。響く金属と金属がぶつかり合う鋭い衝撃音、まるで押さえつけるように重くのしかかる槍は、片膝をついて防御をしている翔の足を壊す勢いでのしかかる。


 先程と同じように翔は両足を意識、そして防御を行っている両腕、崩れそうになっている体幹にも意識を向ける。ガルシアのいう通り全身を意識して槍をはねのけるように力を絞り出す。


「っああああああっ!」


 次の瞬間、大きく剣で槍をはねのける。先ほどまでとは打って変わって、全身に大きな力の塊のようなものが流れているのを感じている。跳ね除けられた槍をすぐさまガルシアは攻撃の構えへと移る。


「その調子だ。それを維持してもう一度行くぞっ!」


「チィっ!」


 休む間も与えず、ガルシアの連撃。顔の横に迫る刃先当たる手前でかわしてゆくが、そこからの薙ぎ払いに対応することができず、体が飛ばされ地面を転がってゆく。その隙を逃す手はない、すぐさま追い立てるようにガルシアは再び叩きつけるように翔に向けて槍を振るう。


 だが、振り下ろされた槍は鈍い音ともに弾かれ宙を彷徨う。


 転がり受け身を取りながらその遠心力で、槍を弾き飛ばした翔。身体強化術の力もあってか、普段よりも格段に攻撃に対しての反応速度が上がっているのを実感する。すぐさま体勢を整え、剣を構え直しこちらに向かってくるガルシアを捉える。


 次はこちらの番だ。


『今道四季流 剣技一刀<秋> 落陽』


 翔が大きく振り下ろした剣は周囲で小さな風を巻き起こし千切れた草が空へと舞う。同時に、赤い火花とともに周囲を包むように響いた金属と金属がぶつかり合い寸断されたかのような音。異常な事態に思わず大きく間合いをとったガルシア、握られた槍に力を込める。


 その瞬間、ジャラリと大きな音を立てて地面へと落ちる鎖。


「斬鉄か、武器破壊の技だな」


「……向こうの世界ではできない技でしたが。身体強化術を使って、初めてできました」


 『今一色流 剣技一刀<秋> 落陽』は武器破壊に特化した技である。刀を振り下ろすのと同時に重心を落とし体の体重を大きく乗せて放たれる振り下ろしは鉄を切り裂くほどの威力を誇り、今一色流においては上位の破壊力を誇る技である。だが、その分弱点は多く、剣技を放つ本人の技量と腕力、そして体重がなければただの隙の多い攻撃でしかない。


 ガルシアが拾い上げた鎖の断面図を見て、しばらく唸った後。鎖の先についた分銅を取り外し、残った槍の鎖の先端に結びつける。


「慣れてきたようだな、今度は少し本気を出すぞ」


「はい、こちらも大分本気で行かせていただきます」


「誤って殺してくれるなよっ!」


 先攻ガルシア。槍は大きく振りかぶらず、そのまま突進するような形で翔へと向かってゆく。槍の先端は地面を流れるように翔の足元を狙っている、だが翔は動かず一歩踏み出たまま剣を下に構える。


 槍の間合い入った瞬間、振り上げられたガルシアの槍。同時に槍の軌道を避けるように横一閃に剣を振るう翔。剣は槍が振り上げられるのを押さえつけるような形で違いが一瞬硬直状態になる。


 だが、一瞬の硬直状態を攻めの一手に変えたのは翔だった。


 槍の持ち手に剣を滑らせるように翔は顔の横を激しく赤い火花を散らせながら一気にガルシアへと距離を縮める。当然、槍の間合いに入り込まれ成す術のないガルシア。


「取った……っ!」


 勝利の二文字が頭の中を交差する。


 だが、翔はその瞬間。ガルシアの顔が不敵に微笑むのを見逃していた。


『守れっ』


 突如、ガルシアの目の前で立ち上る炎の壁。そのあまりの熱量と光量にとっさに目を閉じてしまう翔。とっさに回避行動を取ろうとするものの、その隙をガルシアは逃すことはなく槍を横に大きく振り回し翔を再び吹き飛ばそうとする。


 だが、先ほどの手を二、三度食らうはずもない。


 魔力で体感と足を補強。吹き飛ばされないように左腕で槍を押さえ込んで動かないように固定。それを引き剥がすかのようにガルシアが左右に大きく振り回す、だが翔は依然と槍を離さず引き摺られる形で槍に食いついている。


 そして、ガルシアが一際大きく翔を振り解こうと槍を振るった瞬間を狙い。翔は掴んでいた槍を手放す。


 間合いを取った両者。それを狙っていたと言わんばかりに攻めに転ずる翔、だが同様にバランスを大きく崩したかに思われたガルシアがすぐさま体勢を整え翔の攻めに応えるように槍を振るい始める。


『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨しぐれごう>』


 翔の放つ激しい連撃がガルシアを襲う、だがそれに負けじと巧みに槍先を使いながら翔の雨のように降り注ぐ剣撃を受けながら攻撃と防御を繰り返す。


 『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨しぐれ』は、単純に言い換えるならば手数を増やした剣撃、だがただの剣撃ではなく相手の動き、体の動き、急所を考えた上での剣撃である。しかし『時雨しぐれ』は一対多数を想定した剣技である。そして、翔が放つ『今道四季流 剣技一刀<冬> 時雨しぐれごう>』は一対一を想定し改良が加えられたまさに豪雨のごとく降り注ぐ連撃の剣技である。


 互いの攻防は激しい金属のぶつかり合いと飛び散る火花によって彩られてゆく。本来であれば、相手に対し三連撃を与えるのが限度の技だが、ここは異世界。魔力で身体が強化された翔の連撃は一息を吐く合間に二連撃を叩き込むまでに疾くなっている。


 しかし、そんな攻防が長く続くわけでもなく。単純にどちらかが集中力が切れた瞬間に一気に形勢が変わってゆく。


「そこっ!」


「っ!?」


 地面のぬかるみに足を取られ体勢が崩れたのは翔だった。その瞬間、ガルシアが槍を使い足払いを行う。膝を折り一気に防戦を強いられる翔。だがそんな状態の彼に対し、ガルシアは一切手を抜かない。


 ここまで手を抜かない理由。それは、ガルシアが何よりも翔のこれからの未来を案じているからだ。


 この世界において知らないものはいないと言われるほどの聖典に乗るほど稀有な存在の魔力の色を持つ翔、だがそれ故に彼がこれから出会うであろう迫害や差別という名の大きな渦の中に立たされているというのは変えがたい現状である。


 であれば、強くならなくては、


 であれば、打ち勝たなくては、


 であれば、あらがわなくては、


 強さは武器、逆境に打ち勝つことこそ己の自信につながる。そのことを誰よりもロード=ガルシアは理解している。だからこそ、ここまで翔に対し強く出れるのは彼の実力を信頼しているのもそうだが、何より強くあれと願うガルシアの願いからだ。


「「フゥ……フゥ……フゥ……」」


 息が上がり始める両者、これ以上の打ち合いは互いに不可能だというのがわかる。であるなら次の打ち合いが最後というはすぐさま理解できた。


 互いの武器を持つ両手に力が篭る。


 曇り模様だった空にはいつの間にか雨が降り始め、二人の体と地面を濡らしてゆく。秋口ということもあってか空気が冷たく、濡れた肌に吹く風が異様に冷たい。


「フゥ……。ショウ、ここまで付いてきたのはお前さんが初めてだ」


「ハァ……。いつも、こんなやり方をしているんだとしたら、やり方を変えることをお勧めします……っ」


 寒さで震えているのではない、翔の持つ剣はカタカタと小刻みに震え小さな音を立てている。それもそのはずである。身体強化術は、あくまで魔力を使って身体能力を大きく向上させるためののもである、但し裏を返せば、それは術者の元々持っていた身体能力を無理やり限界突破させて酷使させるのである。故に、元々の身体能力以上の力を発揮した場合に起こる次の出来事は想像に難くない。


 急激に襲いかかる筋肉痛である。


 現在、剣を握ることで精一杯であり。翔の両腕は肩から先の感覚がほとんどなく正に棒になったように感じている。本来であれば、訓練であるこの勝負。体調の不良を訴えればガルシアは戦闘をやめるだろう。


 だが、引くに引けないところまできてしまったのも事実。


 何より、ガルシアに勝ちたい。


 感覚のなくなった両腕に力が篭る。体の血液が燃えるように熱くなり全身を駆け巡るのを感じる。踏み込む足に力を振り絞る。地球で生きていては決して感じることのなかった明確な『闘志』が翔の中で火の粉を散らし燃え盛っていた。


「行きます」


 翔は息を吐きながら剣を鞘に収め、体の重心を限界まで落とす。その姿にガルシアは唖然としていた、なぜなら敵前を前にして、剣を鞘に収める物など愚の骨頂であったからである。しかし、ガルシアの眼前で鋭くこちらを見据えている男はただ剣を収めたわけではないというのは十二分に理解できた。


 読めない。


 全くもって読めない。


 ガルシアの持つ槍に迷いが出始める。もとより、魔獣を相手に戦っている武芸者であるガルシア。対人戦においての読み合いは全て勘と経験で補っていたが、その勘は目の前の敵を侮るなと警笛を鳴らしている。


 ならば、先手あるのみ。


 ガルシアの槍が動く。翔はその動きをしっかりと見据えていた。


 槍の間合い、鋭く放たれた突きは翔の右肩に吸い込まれるように進んでゆく。だが次の瞬間、その軌道は激しい轟音と共に弾かれてしまう。


 初撃、槍を弾き飛ばしたのは翔が左手に握っていた鞘だった。だが、未だ剣は鞘に収まったままである。しかし、ここまでをガルシアは想定している当然躱された、もしくは攻撃を外した時の追撃の二手を残している。


 鎖分銅、槍に取り付けられたそれは間合いに入り込んできた翔の頭にまっすぐ襲いかかる。しかし、それは当たることはない。それは振り上げた鞘、それを腰に戻す瞬間に鈍い音ともに弾かれ分銅が当たるその寸前で弾き飛ばされる。


 最終手段、魔術。


 間合いを一気に詰められたガルシアが再び炎の壁を出そうと口を開いた瞬間だった。


『今道四季流 剣技抜刀<夏> 閃光遠雷せんこうえんらいとどろき>』


 ガルシアに突きつけられる刃。それは喉元にまで迫っており、一言喋ろうものならば喉を裂くという気迫すら感じた。ここまで距離を詰められ、ましてや剣が喉元に突きつけらた状況で抵抗する術はない。


 息を荒く睨みつけたまま視線を外そうとしない翔。


 槍をガルシアが手放した瞬間、伽藍と重々しい音が軽く響いた。


「ショウ、お前の……」


「……僕の、ま……け……で」


 槍が落ちるのと同時に倒れこむ翔の体。とっさに崩れ落ちた翔の体を支えるガルシアだったが、改めて翔の握りしめる右手の剣を見つめると、その剣身は全て出ておらず、剣が半分ほど出たところで止まっていたのである。


 気を失った翔を持ち上げるガルシア。徐々に強まってゆく雨足の中、この状況をどうやってリーフェに言い訳をしたらいいかを苦笑いしながら考えていた。

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