第14話 力の色
昨日はあまり眠ることができなかった。
魔力検査が終わった後、翔はリーフェの指示で帰宅するように言われ、まっすぐリーフェの家へと帰っていったのだが昨日のリーフェの表情といい、光景といい。何らかの異常な事態が起こっているというのはヒシヒシと伝わった。
とりあえず、顔を洗おう。
そう思いベットから立ち上がった翔。部屋を抜け、リビングへと出るとそこには昨日と変わらず、リーフェのために用意しておいた夕食の鍋が手付かずでテーブルの上においてあった。
「昨日、リーフェさん帰らなかったのか……」
食事をしっかり取っているのか、眠れているのだろうか。そんなことが翔の頭をよぎった。台所へと向かい、ポンプを数回押し上げ出た水を頭からかぶり、数度自分の顔を叩くように洗うとそばに置いてある手ぬぐいで顔を拭う。
リーフェに用意して置いた夕食を温め直し、あり合わせの朝食を取った後。部屋に光を入れるためにカーテンを大きく開ける。外は、少しだけ曇り空で空気も少しだけ重たく感じた。
「……リーフェさん。お腹すいてるだろうな」
翔はおもむろに台所のそばに置かれている野菜室の中身を覗く。中に入っているのは野菜以外にも日持ちのいい薫製肉なども入っている。そして、この世界では主食のパンもちょうど残っていた。こうなれば、自然と差し入れに持っていくことできる料理は想像することができた。
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「おはようございます。リーフェさんはいらっしゃいますか?」
ギルドの扉をあけ、待合ロビーを進んでゆく翔。だが、曇りということもあってなのかわからないが全体的な雰囲気というべきか、オーラのようなものが深く沈んでいるように感じられた。それ以上に、本来いるはずの受付のリーフェやメルトの姿が見えない。
「あ、あの。誰かいませんか?」
「……は、はイィ。ようこそギルドへぇ、本日は如何なさいましたかぁ……」
受付のそばまで行って声をかける。しばらくして聞こえてきたのはどこか酷くくたびれた声、のそりのそりという効果音が聞こえそうな声で奥からやってきたのは疲れ切った笑顔を浮かべ、ペタンと猫耳が倒れているメルトの姿だった。
「え、あ。メルトさんっ!? ど、どうしたんですか?」
「あ……ショウさん。どうも……いやぁ、今日は残業がキツくて寝ていなくて……、あ。もう陽が昇ってる……」
「そ、それは。その……、あ。これ、皆さんに差し入れですっ。皆さんでぜひ」
ほぼ虚ろ焦点のあっていない目をしているメルトの前に差し出したのは、かなり大きめなバスケットである。しばらくボンヤリとした表情をしていたメルトだったが、差し出されたバスケットに顔を少しだけ近づけて小さな鼻をヒクヒクと動かして匂いを嗅いでいるようだ。
「……美味しそうな。匂いがする……」
「サンドウィッチっていうものです。よかったら皆さんで……?」
ゆっくりとバスケットを受け取るメルト。そして、その体勢のまま受付の椅子にストンと座るとバスケットの蓋をゆっくりと開ける。そこには、まるで隅から隅まで余分な空気の隙間すら許さないと言わんばかりに敷き詰められたたくさんのサンドウィッチが並べられていた。
「うわぁ……すごい、宝物箱みたい……」
「なんだか美味しそうな匂いが……、あ。ショウさん、おはようございます」
バスケットを上げた瞬間、まるで引き寄せられるように奥から現れたのは腹ペコエルフのリーフェであった。しかし、リーフェはメルトと違い多少はくたびれた様子はあってもそれを表情に出すことはない。さすがはベテランというべきか、だがその視線は尋ねてきた翔にではなくバスケットの中身に向いている。
「おはようございます。すみません、勝手に食材を使ってしまって……」
「いえいえ。いいんですよ、その代わりに美味しいものをいただければ何も問題はありませんっ」
そう言って、メルトよりも先にバスケットの中身に手を伸ばしたリーフェ。その一つを手に取り、早速口に入れる。その瞬間、少しだけリーフェのくすんでいた目に光が戻り始める。
「すごい美味しいっ! 野菜のシャキシャキ感もすごいですけど、お肉と一緒に挟み込まれてるこのピリ辛のソースがすごく美味しいですっ!」
「あ、あぁ。あぁ……疲れ切った頭を潤すようなこの味……すごく、たまらない。ですっ……」
メルトも同じくサンドウィッチを口に入れ、二人とも大絶賛。かに思われたが、メルトはとうとう限界が来たようなのか、右手にサンドウィッチを持ったまま机の上に倒れこむとそのまま寝息を立てて寝てしまった。
「あ、メルちゃん寝ちゃいましたか。少し酷なことをさせてしまいましたからねぇ」
「あの、これは一体……」
この事態に翔はもはや疑問以外の感想は出ない。そして、それが自分自身に確実に関係があるものだとするのなら尚更である。リーフェは眠ってしまったメルトの肩に毛布を掛け、椅子からお姫様抱っこで運び出そうとする。だが、そんな彼女は翔の質問に対して答えようとはしない。
待合ロビーで一人になる。
思い出すのは昨日の魔力検査の結果。何かマズイことでも起きてしまったのだろうか、どんなことであれ、自分のせいで他人に迷惑をかけてはいられない。
「すみませんっ、俺も手伝いま……」
「ショウ、お前さんはこっちだ」
突如、背中を引っ張られる感覚と共に、大きく後ろによろめく。翔の後ろに立っていたのはサンドウィッチを口に頬張り、背中に布で巻かれた長い棒状の物を担いでいるガルシアの姿だった。
「が、ガルシアさん」
「説明はしてやるから、ちと付き合え」
「は、はい……」
有無を言わせぬ雰囲気。待合ロビー自体が暗いため、ガルシアの表情はわかりずらい。だが、その声色からは何かしらの覚悟のようなものを感じられた。翔は、受付の奥へと進んでゆくリーフェとメルトの姿を横目に、ギルドの出口から出ようとするガルシアの後を追いかけた。
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「お前、剣はどうした?」
「その。家に……」
「そうか。ショウ、これからは剣や防具は商売道具だ。常に身につけておくようにしろ」
「……わかりました」
街中を抜ける二人の姿。街は曇り空ということもあってか、人通りが少なく広場で遊んでいる子供の姿も今日は見ることができない。時折、通りがかりにガルシアに声をかける人もいたが軽い会釈をする程度で一昨日と違って話をしようとしない。
やがて、街を抜け。見慣れ出した林の中を進んでゆく。そうして歩くこと二十分、たどり着いたのは朝出て来たばかりのリーフェの家だった。
「剣を取ってこい、ショウ」
「は、はい」
言われるがまま、リーフェの家へと向かう翔。ガルシアは地面の上でタバコを吸い始める。
家の扉をあけ、自分の部屋へと向かう。立てかけてある剣を手に取り、腰に巻きつけた。だが、同時に翔は自分の手が若干震えているのがわかった。
「……大丈夫だ。落ち着いて」
深く、息を吸って吐いた。
しっかりと準備を整え、玄関の扉を開けると秋口のような冷たい風が入り込み思わず目を閉じてしまう。目を開けると、そこにはタバコの吸い殻を指でもみ消し立ち上がろうとしているガルシアの姿が写り込んだ。
彼の背中に背負われている物を包んでいる布が風にたなびいてユラユラと炎のように揺れていて、真剣な眼差しを向けられているせいか、思わず生唾を飲み込んで近づいた。
「さて、と。まず、ショウ。お前の魔力検査の結果だがな」
「……はい」
「お前の魔力の色は『無色』何色でもない、どの色にも属さないものだ」
ガルシアが淡々と語るが、翔もまた魔力検査の結果からある程度予想はしていた。だが、それが果たしてどのようなものなのだろうか。ガルシアの次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「魔法、魔術に関して。才能というのがあるのだとするならば、まずお前は。全くと言っていいほど皆無だ」
「……はぁ」
と、ここまでも予想はしていたがそれが確実なものとなった瞬間やはり少しは落胆するものである。せっかくの魔法のある異世界というものであるのに、魔法の一つも使うことができないとなるとやはり落胆もするのであろう。
だが、ガルシアをここまでの表情にさせるは単に魔法が使えないからというわけではないだろう。
「まぁ、魔法が使えないのはなんら珍しくない。問題なのは、お前が持っているその『色』だ」
「……説明をお願いします」
「一言、簡単に言うとだな。お前のその『無色』と言う色はここでは迫害されかねない代物なんだ。特になんの力もない、ただただ魔力を潤沢に持っていると言うだけで、なんの害もないものなんだが『無色』と言うだけで迫害だったり、差別の対象なんだよ」
『迫害』『差別』まず日本に住んでいたらそんな単語は聞くことはほとんどないだろう。はっきり言って想像をすることができない内容である、しかしガルシアの重々しい口調から、それが一体どれほどのことなのかということだけは十二分に翔は理解することができた。
ガルシアは口から大きく白い煙を吐き出すと、吸いかけのタバコを放り捨て足の裏で揉み消す。
「さて、まぁ。暗い話はそんなところで終わりにしてだ。お前さん、魔法だの魔術は使うことができないが、それでも魔力量だけで言ったら王都騎士団専属の魔術師以上の一級品だ」
「でも、使えないんですよね?」
「そうだな。そもそも、お前さんには魔法だの魔術の原理について説明しなきゃならんからなぁ」
頭を掻きながらいかにも面倒臭いと言った感じに翔へ歩み寄るガルシア。すると、ガルシアは人差し指で翔の心臓付近を指差し始める。
「いいか、魔力っていうのはな。簡単に説明すればとてつもなく大きいエネルギーだ。そいつは人それぞれ違う形、種類をしていてそれらを俺たちは『色』と呼んでいる。さらに魔力ってのは、体の外に変わると自然エネルギーとして出現する」
「例を見せよう」と、そう言ってガルシアが翔に向けた指をそのまま先ほどガルシアがタバコを放り捨てた地面の方へと向ける。
『爆ぜろ』
ガルシアが唱えた次の瞬間、目の前で決して小さくはない爆発が起きた。突然の出来事に大きく体を震わせ驚く翔。メラメラと地面が燃え出し、まさに目の前で小さな火事が起きている状態である。だが、このまま燃え広がると思われた炎はしばらくすると徐々に治まり、そのまま鎮火した。
「術者の色によって放出される自然エネルギーは姿を変える。だが、本来の自然に存在するエネルギーではないから、このように放出した後は異質なエネルギーは本来存在するエネルギーと中和して消えてしまう。というわけだ」
一瞬のことに開いた口が塞がらない。翔は改めて、異世界というものを体感している気分だった。できることなら、自分にもこういうことができたらと思うことが翔には残念でならなかった。
「こいつはあくまで外に放出させた例だ。お前さんにこれから教えるのは、その魔力を自分自身の内側に循環させる方法だ。俺たちはそれを『身体強化術』と呼んでる」
「身体強化……」
「あぁ、剣士で戦うお前さんなら相性がとてもいいはずだ。だがな、前回お前さんはゴブリンと戦った時、無意識だが確かにそれを使っていたぞ」
「え?」
身に覚えがない、というわけでもなかった。あの時は確かに夢中で興奮していたのもあったが、思い返せば蹴りの一撃でゴブリンを倒せるはずでもない。それに、あの一瞬だけは自分の体が異様に軽かったのを覚えている。
「と、まぁ。体験したらわかると思うが、基本的に身体強化術は魔力で肉体を強化し、人間よりも強い力を引き出すことが可能になる。あの時、お前は無意識だったせいもあるだろうが意識して使えば、さらに力を引き出すことができるはずだ」
そう言いながらガルシアは背中に背負っている長い棒状のものに巻かれた紺色の布を解いてゆく。翔はガルシアを横目に、自分自身の手をジッと見つめる。
頭の整理があまり追いついていないのは事実だが、何より疑問なのは。魔法だのと無縁の世界からやってきた自分になぜ、無色という魔力が宿っていたのかだった。元より大した期待はしておらず、ほんの少しだけ使えたらいいなと思っていた程度だったのが、こんな事態になるとは予期していなかったのだ。
「……ガルシアさん、それは?」
「ん? これか? これはだな、俺があまり使わなくなったものの一振りだ。いつも実習の場に持ち込んでいる」
そう言ってガルシアが、推定十数キログラムの黒い長槍をまるでナイフを手先で弄ぶかのように軽々と振り回してウォーミングアップのようなものを行なっている。振り回すたびに金属の擦れるような音が響き、よく見れば持ち手には鎖のようなものが巻きつけられていた。
どことなく、嫌な予感がした。
「力は、正しく使われなくてはならない」
さぁ、始めようか。ショウ
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