第7話 生き方の色
田舎の旧家で生まれた今一色 一登は今一色家の長男として代々伝わる今道四季流の技を身につけ、歴代最年少の十七歳で免許皆伝を果たした俊才であった。今一色家の次期当主として期待が大きかった一登だったが、ある日大きな転機が訪れる。大学生になり、勉強もそこそこに出来た彼だったが、ある日勘当同然のように家を追い出された。
大学を辞め、持てるだけのものを持ち東京に流れ着いた理由。
それは、女だった。
一登はその女を連れ、東京へと上京。そして、街に住む小・中学生相手に剣術道場を立ち上げることになる。高校時代の友人の計らいあって住むところに困ることはなかったが、それなりに質素な暮らしをしていたのだという。そんな二人の間に生まれた子供、それが翔だ。
翔は母親の名前も、顔も知らない。
生まれた時にはすでに母親はいなかった。一登は自分に愛想を尽かして出ていったと話していたがその度に少しだけ悲しい表情をするのを翔はよく覚えている。
父と子の二人。道場で木刀と居合刀を振る姿を見て育った翔は、一登に剣術指南を申し込む。それが小学校一年生の夏の日だった。翔の成長は凄まじく、教え込んだ技を次々と吸収していった。そして、高校に入学する頃にはすでに今道四季流の技のほとんどを会得していた。
高校では、剣道部に入学。特に目立った活躍があったわけでもなかった部活動だったが翔の入部によって一転する。三年の先輩を出し抜き、出場した大会では創立以来初の全国大会の出場を成し遂げる。それ以降、翔は二年に渡って剣道部の主将を務めることになる。
そして、それに伴って自然と一登の指導から離れてゆくようになった。
「今思えば、親父と最後に話したの。いつだったかな……」
反抗期と思春期真っ盛りだった翔は、いつの間にか家族と会話をすることにも恥ずかしさと憤りを感じるようになっていた。それだけが、一登との間にある唯一の心残りでもあった。そして、それを埋めるように、道場での師範代とバイト漬けの日々で自分を生き埋めにしたのだった。
そして、今に至る。
「本当、どうしてこうなったのかな……」
太陽の元、翔の目の前に広がる風景は、やはり異質そのものであった。周りの建物が古めかしい以前に、日本らしくないというのはまだ理解しようがある。だが、そこを歩いている人間の姿形は様々である、中には本当に化け物のような姿をした人物が、子供に果物を与えている姿まである。
これが当たり前の日常と言わんばかりに。平然と人々の営みが行われているのだ。
こんな光景を渡辺が見た暁には、おそらく狂喜乱舞していることだろう。生粋のオタクであるのならば『異世界召喚キターっ!』などと天下の往来で叫ぶかもしれない。決して翔にもそれらの理解がないわけではないが、さすがにそれらをするのは気が引けてしまう。
「さて、と。ギルドは……」
初めてここに来た時のことを思い出すように、まず始めに探したのは街の中心にあるであろう大きな井戸であった。時折、家から洗濯物らしきものの入ったカゴを持って出てくる人の後をつけると最初にきた井戸にたどり着くことができた。
この街において、この井戸が生活の主軸になっているのかもしれないと翔は思った。そして、その井戸の周囲に伸びる道からギルドへ行った時の道順を思い出す。時折、すれ違う人々が何やらこちらを見てコソコソと話をしているようだったが話の内容は聴こえず終いだった。翔は、今作業着に見合わない剣を装備しているのだ。正直あまり釣り合っていない姿をしているわけだが、大方その話をされているのだろうと踏んでいた。
だが、実際には昨日ギルドの看板娘におぶされていた恥ずかしい男として近所のおばさま方の噂の対象になっていただけである。
そんな、羞恥の目線を抜けギルドへとたどり着く。翔は腕時計を見て、ちょうど昼頃であると確認する。だが、前回突然気絶をかました場所でもある。入るには少々勇気が必要だ、だが同時にいまが昼頃だということ思い出す。逆に、今であれば食事に出ていて人が少ないかもしれない。そう考えると、多少は気が楽だった。
「……よし、行くか」
勇気を出し、ギルドの扉を開く。それと同時に、優しい森の香りが翔の鼻に入り込んでくる。そして、入り口正面の受付にはやはり一人の女性が座っていた。
「いらっしゃいませっ、ギルドへようこそっ。本日はどのようなご用事で……」
読み通り、ギルドの中には受付の人以外に誰もいなかった。そして、受付に座る女性の明るい声がギルド内に響く、しかしその次に出てくるはずの言葉が詰まってどんどんか細くなってゆく。
「しょ、少々お待ちくださいっ!」
そう言って受付の裏へと逃げて行った受付嬢の腰からは尻尾が生えていた。そして、ブロンドの髪の毛に隠れてあまりよく見えなかったが、猫耳のようなものが生えているのが見えた。いわゆる、ケモミミというものだろうか。
翔の中で、何か新しいものの扉が開きそうになっていた。
「良い……」
「ショウさん……何か怖がらせるようなことしました?」
少しボーッとしていた翔の目の前に、見慣れてしまった横長の耳をしたエルフのリーフェが少しだけ呆れたような顔をして奥から現れた。
「いやっ、誤解ですっ! 自分、そんなことはっ」
「ふむ……そうですか。まぁ、新人さんですから。今度お会いする機会があったらお手柔らかにお願いしますね」
そう言いながら席に着いたリーフェは机の向こう側に置いてある椅子に座るようにと、ひどく綺麗な所作で促した。そして、椅子を引いて真正面に向かい合うようにして座る翔。昨日も、正面で向かい合いながら食事をしたがそれとはまた違う緊張感があった。
「では、まず初めにですが。一応、特例措置として私の家に滞在を許可している状況ですが。本来、ギルドに登録された冒険者以外の支援と救済措置は本人の自己責任という形を取られるのです」
「はい」
リーフェが言いたいことを要約するのならば、ギルド関係者以外の人助けは自己責任であり、このままでは穀潰しを一人家に留めておくことになってしまうということである。
確かに、翔自身もこのまま他人の家にそのまま世話になるというのもバツが悪い。
「ですが、昨日のショウさんの事情を聞く限りでは長期的な支援が必要だと思います。そこで、ギルド職員としての提案なのですが」
「はぁ」
「ギルドへの、登録を薦めたいのですが。いかがでしょうか?」
ある程度予想はしていた回答に、翔はあまり驚くことはなかったが。しかし、確かに合理的な考えではある。翔はこの世界に来てから日が浅く、リーフェに拾われていなければ路上生活まっしぐらである。そして、居候という立場に代わりはないが、ある程度リーフェの迷惑にならないためにはギルドの傘下に入ることで支援対象になる必要がある。
となれば、翔の答えは決まっているのも同然だった。
「わかりました。登録します」
「かしこまりました。ちなみにですけれども、冒険者の職務についてはご存知ですか?」
「…一応、説明をお願いします」
「はい、かしこまりました」
そう言ってリーフェが受付の下から取り出し翔の前に置いたのは、そこそこ大きさのある木のボードだった。そこには、樹形図のようなものが描かれており、その真ん中には『ギルドへの入会』と記されている。
「まず、冒険者というものの説明ですが。人々の生活に欠かせない物資や素材の収集、そしてそれらの生活を害するものの排除を主な職務として担っています。そして、特殊な技能を持つ方はギルドが運営を行う製造業の紹介なども同時に行っています」
現在日本で言うところの、ギルドはハローワークであったり派遣会社のような役割を担っているのだろうか。と、翔は地球に置き換えて考えてみた。そして、今まで読んで来たライトノベルに登場する冒険者の職務内容と大して変わらないことに驚いていた。
「基本的に冒険者は戦闘職が多い業種ですが、近年では戦闘で成果を上げられない方でも依頼内容を完遂できるようなシステムも整っているため。冒険者イコール危険な仕事というわけでもないんです」
「なるほど……」
「ちなみに、ショウさんは戦闘の何らかの技術をお持ちですか?」
「それは……何と戦うことを想定してですか?」
「そうですね……色々いますけれども、最低限自分の身を守れるくらいのですね。これくらいの大きさの四足獣とか?」
そう言って、リーフェは両腕を中型犬ほどの大きさに広げる。できることのなら何かを殺すことはしたくない翔だったが、やはり冒険者になるためにはある程度の殺生を覚悟しなくてはならないといけないと考え始めた。
そして、剣術とは基本的に対人戦を想定している。刀などで動物を斬る方法など翔は知らない。
「わかりました…」
「でもっ、初心者の方にはいきなりそんな難しいことはさせませんよっ! ちゃんと依頼にもランクがあってそれに見合ったものをこちらで提供させていただきますっ。あと、怪我などを負った場合にはしっかりと対応させていただきますのでっ」
少し不安な表情をしたせいだろうか。身振りそぶりで、リーフェは必死にギルドが最善のサポートを行うことを説明する。その姿を見て、思わず翔は吹き出してしまった。
確かに、安心だ。
「プッ…わかりました。そこまで必死に説明されたら逆に安心しましたよ」
「そ、そんな笑わなくても……でも、理解いただけたようでよかったです」
となれば、次は登録の手続きである。少し微笑んだリーフェは続けて受付の下から一枚の用紙と机に置かれていた羽ペンを翔に差し出す。そこには『ギルド登録書発行手続き書類』と記されていた。
「それでは、次は手続きですね。簡単な記入でお時間は取らせませんから」
「えぇ……その」
「どうかされましたか?」
ペンを持ち困った表情をする翔。心配そうに顔を覗き込むリーフェだったがリーフェはこの表情が指し示すものを長年の経験と知識で知っていた。
「代筆、しますか?」
「……すみません、お願いします」
「はい、畏まりました。お気になさらないでください、代筆を受けることも出来ますので大丈夫ですよ」
文字の読み書きができるか。すなわち識字率であるが、この世界での識字率は決して高水準ではない。故に、こう言った書類でのやり取りを行う際にこのような代筆を行うことも珍しくはなかった。もっとも、翔は識字率では高水準を持つ日本の生まれであり、代筆を頼むという行為は少々気恥ずかしいものがあった。
「それでは、書類の内容に沿って質問をさせていただきますね。お名前は?」
「今一色 翔です」
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