第3話 正直の色

「イマイシキ……ショウ?」


「はい、今一色が苗字で。翔が名前です」


「はぁ……」


 あまり聞いたことのない綴りなのだろう。リーフェの顔は若干困惑気味だが、それは翔も同じである。確かに、この外国人らしい風貌で『花子』などの和製の名前が飛び出してきたらそれはそれでおかしな話ではあるが、やはり名前を聞く限り日本ではないことは確かである。


「リーフェ=アルステイン……リーフェさん。で、いいでしょうか?」


「はい、では。私もショウさんと」


 まず、翔は問い質したいのは。この世界が一体どこで、そしてなんなのかということだ。しかし、そんなことを直球で聞いてもどうしようもないという結果は見えてしまっている。


 何せ、彼女にとってこの世界が日常の世界であり、そして住んでいる場所なのだ。翔も、突然『地球とはどんな世界か』と問われれば、答えは難しいだろう。


 だが、大体憶測ではあるがここがどんな世界なのかわかるような気もしなくはない。何せ、翔の目の前にリーフェが何よりの証拠だ。


「エルフ……ですよね?」


「はい、そうですけど……?」


 エルフ、どこかで耳にした単語ではある。もしくは、目にしたか。翔は、友人から借りたライトノベルで目にしていた。


 長く尖った耳、流れるような綺麗で長い髪、現実離れした風貌。大体、多くのファンタジーに登場するエルフとはそのような姿で描かれていたが、まさにそれを体現したかのような人物が目の前にいるのである。


「……大変失礼ですけど、御幾つですか?」


「今年で……えっと、確か二百十六歳だった、よう、な?」


「……」


 そして、もう一つがとんでもなく長寿であるということである。とてもではないが遠い目をして記憶を掘り起こしてながら自身を二百十六歳と語るリーフェが嘘をついている様には見えない。


 そして、聞いた本人がまさか本当にそんなとんでもない年齢だったのかと動揺している始末である。


「私の年齢なんかよりもですっ、貴方本当に何者なんですか? 一応、危険人物じゃないかどうかを確認するために、着ていたものとか調べさせていただきましたけど」


「へ? え? はい?」


「ですから、体を調べさせていただいたってことですっ」


 そう言われてハッとした翔は自分の体を弄る。すると、確かにここにくる前に来ていたはずの服は無くなっており、その代わりに少しごわつく麻らしい素材でできた服を身につけている。


 つまりは、要は、見ぐるみを剥がされて着替えをさせられたということである。


「え〜……」


「そのっ! 勘違いしないでくださいっ、決してやましい気持ちがあったわけじゃなくて、手配書と身体的特徴が一致しているかどうか確認しただけですからっ!」


 当然意図はわかっているし、翔は納得している。だが、たとえ二百十六歳であろうと、もうら若き見た目をした女性に体を見られたことに多少ながらショックを受けていた。


 もとい


「えっと、ですね。説明するとややこしいんですけど……」


「えぇ、時間がかかってもいいので。貴方の素性を教えてください。一体どこから来て、何をしに来たのかを教えてくださいっ」


「……話しても笑わないでくださいね」


 ベットの上で正座。正面からリーフェに向き直り再び深く深呼吸をする。


「自分、違う世界の住人なんです」


「……」


 部屋の空気が0.1秒で凍りつくのを、翔は肌身で感じた。沈黙すること二、三分。徐に立ち上がったリーフェはそのまま部屋の扉を開け出てゆく。


 数分後、


 美女がしてはいけないような完全に怯えきった表情でリーフェは両手でフライパンを構えながら入室してきた。


「ちょ、ちょっと待ってっ!」


「フンっ!」


「ヒィっ!」


 問答無用と言わんばかりに振りかざされたフライパンを生存本能をフルに活用して物凄い速さでベットから転げ落ちながら鉄の塊が直撃するのを回避する。先ほどまで翔が座っていたベットにはリーフェが振り下ろしたフライパンがめり込んで漏れ出た羽毛が宙を舞う。


 こんな瞬間でも、たとえ彼女が猟奇的な姿をしていたとしても綺麗だと思ってしまったのは男の性なのだろうかと思ってしまった。


「そんな話っ、信じられますかっ!」


「信じられないと思いますけど、本当のことでっ!」


「フンっ!」


 横に大きく振るわれたフライパンが立ち上がろうとした翔の鼻先をかすめる。再び尻餅をついた翔に、リーフェは再びフライパンの先を突きつける。


「でしたらっ、もっと具体的にっ、かつ納得する説明をっ」


「わかりましたっ! わかりましたからっ、その武器を下ろしてくださいっ!」


 それから、小一時間。翔は、両手にフライパンを構えたままのリーフェを相手に事細かに『地球』の説明をした。具体的かつ、納得する説明とは程遠い内容だが、リーフェは殺気を放ちながらも静かに聞いてくれた。


「……話は、えっと。以上です」


「はい」


「自分もどうしてこんな状況になってるのか理解できないんですっ。何かそういう予兆があったわけでもありませんし、そういう願望があったわけでもないのに……」


 本来であれば、翔はすでに帰路についていて道場を開ける支度をしなくてはならない時間なのだ。今まで世話になった人や、翔を慕っている子供達も大勢いる。帰れるものなら帰りたいが、その方法を聞き出せる相手もいないのだからしょうがない。


「……ともかく、事情はわかりました。嘘をついているような空気の流れをしているわけでもないですし。ひとまずは信用します」


「…ありがとうございます」


 正座のまま深く土下座のように地面に頭をつけて感謝を述べる。だが、信用をされたのは良いとして問題はこれからである。少なくとも、この世界で言うところの警察らしいところに連行される心配はなくなったが、これからの衣食住をどこで取るかが問題である。


「ちなみに何ですが。ショウさん」


「はい、何でしょう?」


「あの、お持ちだった剣はショウさんのでしたか?」


「え? 剣?」


「はい、腰に巻いていらした」


 リーフェにそのように尋ねられるが、翔にそんなものを持っていた記憶は全くない。着の身着のままで来てしまったのだから持ち物はほとんどなく、作業着の中に入ってるのはインクの切れかけたボールペン(黒)とロッカーの鍵と自販機で飲み物を買えるようにと入れておいた小銭程度だ。


 剣など装備した記憶などは全くない。


「剣なんて、持っていませんでしたけど…」


「ですけど、そこに」


 そういってリーフェは、正座する翔の後ろの壁を指差す。正座をしたまま体を回転させて、首を後ろへと回す。暗がりにぼんやりと浮かび上がる細長い棒状のシルエット。しかし、部屋が薄暗いせいかその全貌が明らかにならない。


「あ、灯り強めますね」


 そう言って立ち上がったリーフェは部屋の壁に突き出た半円状の物体に触れる。その瞬間、部屋に備え付けられたランプの明かりが徐々に光度を増してゆき、部屋全体が明るくなる。おそらく、翔が寝ていたことによる配慮だったのだろうか。


 そして、部屋全体が明るくなったことにより。壁に立てかけられていたものの正体が露わになってゆく。


「……あ」


「どうかされましたか?」


「自分……これ、知ってます」


 小さな穴が空いた黒い木製の鞘、


 それに施された銀装飾、


 雑に作られた持ち手、


 そう、それはまさに。


「これ、僕が原っぱで投げ捨てた剣です」


………………………………………………………………………………………………


「結構年季入ってますね……」


「はい、装飾から見て結構前の世代の剣だと思います。私のお爺様が使ってたものによく似ています」


 長寿のエルフであるリーフェにとってのお爺様となると、途方もなく大昔の剣ということになる。それだけの代物となると、地球では文化遺産認定ものだろう。それが一体なぜ足元に転がっていたのかが問題だが、それよりもだ。


 なぜ、捨てたはずの剣が翔の腰に巻かれていたか。


「実は捨てていなかった、とか」


「いえ、だって怖いじゃないですか。放り投げて捨てましたよ。絶対」


「はぁ……、とにかく持ち主が誰であれ貴方が持っていたのですから」


 そう言って、リーフェは剣を翔に差し出す。しぶしぶと受け取る翔だが、正直なところこの剣と魔法があるであろう世界で、いかにもという剣を手にするのは若干の興奮を覚えていた。


 たとえ、それが人を殺し得ることのできる凶器だったとしてもだ。


「ちなみに何ですけど。これ、抜けませんよ」


「え?」


「ショウさんが起きる前に、一回抜こうと思って抜いてみたんです」


「……ちなみに理由を伺っても?」


「えっと、ただの興味本位で?」


 絶対嘘である。可愛らしい表情で、思わずドキッとしてしまった翔だが、単なる興味本位で剣を抜こうとはしないだろう。深く考えようとして怖くなったので結果、それ以上のことは考えないようにした。


 受け取った剣を両手で持つとずっしりとした重みが伝わる。刀に比べて、若干重い程度だがしっかりと西洋剣らしい重厚な作りをしている。そして、しっかりと腰に巻けるような革製のベルトもついていた。


「……リーフェさん。これ、抜いてみていいですか?」


「え? でも、冗談抜きで本当に抜けませんよ」


「いや。なんだか、こう」


 そう、彼女の言葉を借りるのならば。


 ただの、興味本位である。


「スゥ……」


 翔は軽く吸った息と同時に、ボロボロの持ち手に手を掛ける。刀より幾分太く作られているそれは、持った瞬間に何かが流れ込んでくるような、そんな気分になった。


 ゆっくりと、持ち手を鞘から滑らせてゆく。


 抜けないと言われていたそれは、軽く軋んだような音を立てて乾いた土をパラパラと落としながら、ゆっくりとその刀身を見せ始めた。


「へ?」

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