波濤を越えても、ただの水底

砂山 黒白

第1話


波濤を越えても、ただの水底


寺山修司を知っていますか?

ええ、劇作家、詩人と幅広く芸術活動を行ってきた人物です。


彼の詩に、それはそれは素敵な1作がありまして

海のアドリブと言うのです。


その詩は、海の絵ばかりかく画家の話なのですが

自分のかいた青い海へ投身自殺を望むような、そんな孤独な人間の人生をほんの少しだけ取り出したものなのです。


青い海、とは澄んだ色で、飲み込まれてしまいそうなほど深い青の水面なのでしょうね。

見たものを虜にするウルトラマリンの絵の具は実はラピスラズリという鉱石から作られていました。


昔昔、彼が画家として暮らしていた頃より、海の絵に必要不可欠な青色の絵の具は、黄金より高価でした。


青の原料となるラピスラズリ鉱石は海外でしか採れず、簡単には手に入らない、とても貴重なものだったのです。


苦労して手に入れた絵の具で、理想の海を描いたとしても、絵は絵にすぎません。のぞみが叶うはずもなく


彼はどんどん貧しくなっていきます。彼は想い焦がれた海の絵を見つめ、何を思っていたのでしょう。


画家は結局、彼の近所にある波止場から、ほんものの海に投身自殺をしてしまいました。


ですが、ドブーン!!

水しぶきが上がったのは、彼のアトリエにあった「海の絵」だったのです。


驚いたでしょう。

最後の最期で彼ののぞみは叶ったのです。

自棄になって、近くの港から飛び込んだのに、夢に見た青の水面を見た画家はどんな気持ちだったのでしょうね。


可哀想な画家。


外国の澄んだ海に焦がれた彼は、本物の海を越えて、目も眩むようなウルトラマリンの水底へ。


海外からはるばる渡って来た、青の絵の具

ラピスラズリの顔料は

ウルトラマリン「海を越えて」と呼ばれています。


・✧・☾・✧・


海のアドリブ


海の絵ばかりかいている画家の話はどうですか?

自分のかいた海へ投身自殺しようとして、毎日毎日青い海の絵ばかりかいている画家の話です。

いくらかいても、絵の海は「絵」にすぎないので、彼ののぞみは叶えられそうもありません。

彼はますます貧しくなってゆくし、画商たちは彼を相手にしなくなってしまいます。

彼の裏町の小さなアトリエには、まるで鉄色をした寂しい海の絵が一枚あるだけで、ほかの家具什器は売りはらってしまったため何一つありません。

 

とうとう、レモンのような月の出た夜、その画家は自分の「海の絵」に自信をなくしてしまって、一人そっと波止場へ出かけてゆき、ほんものの海にとびこんで自殺をしてしまいました。


ところが、彼がほんものの海にとびこんでも水音がなく、彼のアトリエの「海の絵」にドブーン! という水音がして、白いしぶきがあがったのでした。

 

そんなさみしい海の絵があったら、是非一枚欲しい……

 

―「寺山修司少女詩集」

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