自分自身のおかしさには案外人は気づかないものなんじゃなかろうか

 ――目の前には二つの人影。


 うち片方は見慣れたものだ。

 俺の彼女、島倉美玲しまくらみれい

 引き込まれるような大きな目と、彼女の活発な性格を表すような短めの茶髪。

 小柄な体のどこにそこまでのエネルギーが有るのかと、いつも不思議に思っていた。


 その彼女が今、生気の無い瞳で俺のことを見つめている。


 ……生気の無い瞳と言うと齟齬があるな。

 正確には瞳だけではない。

 頭も、口も、腕も、指も、膝も、足も、ぐったりとして動かない。

 彼女の髪も、額も、頬も、唇も、うなじも、肩も、胸も、二の腕も、手のひらも、脇腹も、腰も、太腿も、ふくらはぎも、足の指も、元々の色では到底無いような朱色に着色されていた。


 以前友人に見せてもらった鶏の解体のことを思い出すかとも思っていたがそんなことはなく。

 ……いやあ、あれはすごかったなあ。


「こんな美玲もかわいいな」という率直な感想は喉仏で止めたまま、もう一つの人影の方に目を向け、口を開いた。


「貴女の名前の名前はなんですかっと」

「――へぇ、驚いたな。名前を聞く前にもっとやることがあると思うけれど」


 そう言って振り返ったのは一人の女。

 肩より少し長く伸ばした黒い髪が小さく揺れる。

 その手に握られたケチャップ色のナイフを見れば、状況はだいたい検討がつくだろう。

 対照的は白い肌の顔を見る限り、年は俺や美玲と同じくらいだ。大学生だろうか。

 言葉を返してくれるとは思わなかったが、案外会話の意思はあるようだ。


「馬鹿言え、いくらなんでもナイフを持った奴相手じゃあ、どうにもできねえよ」

「……それはそうだけど。いやね、私が言ったのは逃げないのかってことなんだけど」

「……逃げる? 何を馬鹿げたことを言ってるんだ」


 俺の言葉に顔をしかめた奴は「ま、いっか」と一言こぼすと、ナイフ付きの手で俺に殴りかかってきた。

 要するに殺る気ってことだ。


「っっぶねぇ!」


 間一髪で避けた。

 超怖い、顔面に全く殺意がインプットされてない。完全に殺し慣れてる人間だ。


 ……いや素晴らしい。


「チッ」

「おい、舌打ちすんじゃねえよ、傷つくだろうが」

「何で避けるかなあ、というか、何で避けれるのかなあ」

「いやいや」


 殺そうとしといてそれはないでしょうが。

 とはいえ、奴だってそのままって訳にはいかないだろう。

 仮にも目撃者だしね、いや、むしろ被害者か。


 息を整えつつ加害者様を一瞥すると、ちょうど拳二つ分くらい先に金属が。


「ッッッッドラッシャア!」


 まじで危機一髪、黒ひげなら死んでた。

 実際ひげの生えてない部分が剃られた。痛え。

 というかそろそろやめたい。

 奴もしっかりお疲れのようで、荒い息遣いが聞こえる。


「ハァハァ」


 こっちは俺の息遣い、決して発情してる訳ではない。


「そろそろこんな非生産的なことはやめておしゃべりしようぜ」

「……断る」


 二秒で振られてしまった。もう少し猶予があってもよかったのでは無いだろうか。これが愛の告白なら恥ずかしくて死んじゃうレベル。

 恥ずかしくなくても死にそうな現状だけど、まあ断られたなら仕方ない。


「――――」


 無音の突進。

 おそらく奴の中で次に聞く予定の音は俺の悲鳴だろう。もしくは血の吹き出る音か。

 残念ながら、そっちに言いたいことが無くても、こっちにはあるのだ。


 奴のナイフをするりと躱し、そのままその手首をにぎにぎして拘束する。


「なっ!?」


 そして、奴が抵抗してくる前に、すかさず俺は自分の言いたいことを口にした。


「おまっ「師匠と呼ばせて下さい」え……」


 師匠(仮)の目が見開かれる。気持ちが伝わっていないのだろうか。

 言葉は重ねるほどに軽くなってしまうのだが、伝わらないならしょうがない。


「貴方のその殺しの腕と信念に感服いたしました、弟子にしてください」

「そりゃどうも!」


 師匠(仮)の腕が力むが、振りほどくまでには至らない、滅茶苦茶痛いけど。


 その後、五分くらい格闘したあと、やっとのことで師匠(仮)が折れてくれた。明日は筋肉痛だ。


「とりあえず、電話させてくれないかな」

「もちろんです、師匠」


 俺が拘束を解くと、苦虫を噛み潰したような顔の師匠(仮)が、どこかへ電話をする。共犯者だろうか。


「ああ……問題ない。けどね、それがね…………いや、そのまさかなんだよ。あり得ないでしょ普通…………いやいや嘘じゃないよ……ノイローゼでもない! ……まあそんなことだから、そっちでよろしく頼むよ」


 通話は終わったようだ。一応言っておくが俺は何にも聞いてない。他人の、それも師匠の通話を盗み聞きするなんてそんな、畏れ多い。

 だから↑の会話も、俺は聞いてない……と言っておこう。


 携帯をズボンにしまうなり、師匠は振り返って言った。


「君、頭おかしいんじゃないかな」


 なんてひどい師匠なんだろうか、尊敬してます。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


続きは考えてないです。

また思い付いた時に書きます。

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練習用短編集 四葉陸 @yotsubariku

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