社畜勇者の願い事

 ――真っ白な空間だった。


 ただしそれは「なにもない」というより、「なにもいらない」といった風だった。

 それほどまでに、俺の目の前の存在は絶対的なのだろう。


 俺は魔王を倒した。それによってこの、神につながる空間が開いたようだ。


「魔王を討伐せし勇者よ、そなたのその偉業には地の人間だけでなく、我もまた、敬意を表する。代わりといってはなんだが、そなたの望むものを一つ、何でも与えてやろう」


 ――へぇ、そう来るか。

 俺にとってこの旅は、はっきり言って地獄そのものだった。

 次々に魔物に殺される人々と、その魔物達を殺していく俺。人々はそんな俺を勇者だの英雄だのと祭り上げ、距離を置いた。

 頼れる仲間も、帰りを待つ人もいなかった。休む暇など、もっての他だ。

 正直俺はもう、他人のために力を振るうことに疲れたんだ。


 ――俺の……


 だから、俺の願いは、自分勝手なものだ。

 他の誰のためでもない、俺のための「力」を。


 ――俺の、願いは……


 そうして、神様は俺の願いを叶えてくれた。

 願いの内容になにも言ってこないあたり、やはり人間なんてどうでもいいのだろうか。

 ……それについては俺も同感だが。


 願いを叶えると同時に、俺は元いた場所に帰らされていた。

 辺りを見回しても、あるのはかつて魔王城なんて呼ばれた瓦礫だけと、


「おお、勇者さま、よくぞあの忌まわしき魔王を倒してくれた、この名誉により我が国はより発展し、他国を圧倒する大国のなるだろう!」


 これまで何度も見た王の使いだ。たとえ魔物が絶滅しても、あの王様は玉座からは動かないだろう。


「いずれ大国となった我が国は民草のため、主のため、そして何より我らが国王陛下の「うるせえ」」


 こいつに手を向け、ついさっき手に入れたばかりの「力」を使う。


 バタリと、そいつは倒れ動かなくなった。

 生きているかどうかは……まあ、「力」の内容的に、調べる必要も無いだろう。


 俺は王城とは真逆の方向を向き、歩き始める。途中で出会った人や魔物もさっきのやつと同じように「力」で黙らしていきながら。


 ――やがてたどり着いたのは、俗に「神の森」なんて呼ばれている場所だ。


 魔物が近づくことのできないこの森を、ほぼあらゆる人間は聖域と考え、むやみやたらに入って来ることはない。俺にとって、最も好条件な場所だった。


 ちょうどいい場所を探し、森のなかを歩き回っていると、やがてそれなりに大きな湖が見えた。


「ははっ」


 湖に映る自分に、思わず笑ってしまった。

 ここいらでは珍しい黒い髪はボサボサになり、目の下には恐ろしい程の隈ができていた。


 ――結局、場所はその湖から程近い木の上にした。

 枝分かれしたちょうどいいところに寝そべり、自分の額に手を当て、自分自身に「力」を使う。


 ――意識が遠くなっていく。体を動かす気力は、すぐに消え失せた。もう、俺はこの感覚に逆らうことはできないと、一瞬で気づいき、少しの恐怖を覚えた。が、もう手遅れだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ん、あ……」


 どれだけの時がだったのだろう。俺は目を覚ました。不安だった部分もあったが、おおむね問題は無さそうだ。


 再び湖にいき、一口水を飲んでから映る自分を見つめ、前までとの決定的な違いを見つける。


「やった……やったぞ……」


 これだ、これこそ俺が求めた通りの「力」、あらゆる生物を眠らせ、短時間であらゆる疲労から回復させる、「睡眠魔法」だ!


「さて、と」


「力」の効果が実証された以上、次にやるべきことは一つだけだ。

 俺は両手で頬を叩き、ゲン担ぎに叫んだ。


「――仕事するか!」


 世界は、まだまだ俺が倒すべき魔物が溢れているのだから。

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