途切れた日記と彼女 2019/11/15

十一月十五日。

二日前までの景色とは違う空をボクは見上げていた。


空ではうっすらと浮かぶ雲が穏やかに流れている。

今日の空は、この静かな街にぴったりだ。

ボクが昨日から通うことになった店は、閑静な住宅街の中にひっそりと構えている。

カウンター七席のみの、小さな店だ。

住宅街といっても、周囲には飲食店や喫茶店、マッサージ屋から和香専門店まで、多種多様なお店が住宅の隙間を埋めるようにして営まれている。

ボクは通い始めたその初日にして、この街と店が好きになった。


「アンタ、よりにもよって二日もサボったわね!」

この穏やかな空気とは裏腹に、今日の彼女は心底ご立腹である。

「しょうがないさ、ここ二日忙しかったからね。ボクは筆が遅いから、日記を書くのも時間がかかるんだ。」

「うっさい馬鹿!くだらない言い訳すんな!」

一刀両断である。まぁ確かにただの言い訳だけど。


「忙しいったって、今まで通り電車の中とか休憩時間とか、いくらでも書く時間なんてあるじゃない。なのにアンタときたら、電車内で眠そうにしながらボーッとしてただけ。ただのサボりよ、サボり!」

「そう言われるとまったくもってその通りなんだけど、ちょっと疲労も溜まっててね。それに実はは、一昨日に日記を投稿したら、もう書くのは最後にしようかと思ってたんだ。」

「それこそなんでよ!?」

「これから尚更忙しくなるから、日記を書くのがホントに苦になりそうだったからさ。」


以前までの労働時間は九時から二十二時までだったが、これからは退勤時間が二十三時半あたりになる可能性が非常に高い。

しかも前の職場から乗り換えが一つ増えて、ほんの少し通勤時間も伸びてしまった。

それに加えて、昼休憩の時間も恐らく短くなる。

そうなると、毎日が仕事と日記だけで終わってしまう可能性が非常に高い。

実際日記を書き始めて以来、ずっとカバンにしまってあるがなかなか手をつけられてない本があったりする。

日記を始めた事で、こういう地味な影響が出ているのだ。


「電車内でも、日記を書く事以外にやりたい事がないわけじゃないからね。昼休憩や仕事終わりにろくに時間がない事を考えると、通勤時間を日記以外のものに当てたい時というのがどうしても出てくるのさ。」

「新しい事を始めたら、今までやってた事に少しばかり不自由が出てくるのは当たり前!それに新しいお店で働く事になるのなんてとっくの昔に分かってたんだから、時間がなくなる事ぐらいこの日記を書き始める前から分かってたじゃない。甘ったれた事言ってんじゃないわよ!」

あまりの正論に言葉もない。

泣いちゃいそうである。


「それで、どうするわけ。今回も辞めちゃうの?」

鼻からフシューっと長いため息をつき彼女が言う。

「いや、やっぱりまだもうちょっと、やってみようかと思ってる。一昨日はホントに辞めるつもりでいたんだけど、昨日ボクの日記をフォローしてくれたり、応援してくれたりする人がいたんだ。どうやらこの日記を読んでくれる奇特な人が少なからずいるようだ。誰も見てないならいつ辞めたっていいじゃないかと思ってたんだけど、見てくれる人がいるのなら、これは続けるべきだと思ったんだ。」

ボクの書く文章といったら未熟そのものだし、更には書くモノ自体も、心踊る冒険活劇でも切ないラブストーリーでもなんでもなく、ただの日記だ。

こんなボクの文章を読んでくれる人がいる事、それはとても貴重な事なのだ。


「あらそう、それはようございました。」

彼女の機嫌は直らない。

面白いほどに頬をふくらせてそっぽを向いている。

「なにもそんなに怒らなくても。ボクが日記を書かなくたって、君はなにも困ることはないじゃない。」「困るわよ!」

ゥヴッ!お腹に鉄拳が飛んできた。


「困るわよ…アンタが日記書かなかったら、私がいる意味がなくなっちゃうんだから…なんの為に私がこうして隣にいるのか、もう一度よく考えて。アンタの為だけじゃない。私の為にも。」

彼女の目が少しばかり潤んでいる。気がした。

そうなるのも当たり前だ。

勝手にこうして話し相手として生み出した挙句、ものの二週間程度で日記と一緒に彼女を放り出そうとしたのだから。


「そうだね…ごめん。」

こういう時、ボクはあまり気の利いた事が言えないらしいという事をあらためて再確認する。

彼女の握りしめた拳が、ボクの肩にちょこんと、軽く当てられた。

彼女は相変わらずそっぽを向いている。

その表情は、先程よりほんの少しだけ柔らかくなっていた。ような気がした。


「明日も、頑張りなさいよね。」

ボクは黙って頷いて、日記を書き終えたスマホを閉じた。

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ボクの彼女の空想日記 ぱすたぱ @pastapa

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