酪農学園大学文学サークル作品
述獣
テディベアは笑わない
生きることに疲れた子供たちへ
おまじないを、ひとつ、そっとこの手紙にしたためてあげよう
日が沈むのが早くなって、夏から秋に変わった夜に
枕元に真っ黒なテディベアを置いて寝てごらん
きっと、この世界から連れ出してあげる
寂れた街の、奥の奥に鬱蒼と茂る森の、さらに奥には魔女の棲む古びた屋敷があるという。その屋敷にはもう長い事街の人々は行く事がなく、また屋敷からも誰も来たと言う話がない。いつしか幼い子供たちの戯れに出てくる噂話にしかならない、忘れられた遺物のような存在となっていた。
しかし、街の人は死ぬまで、いや死んでも気付く事がないだろう。その街にあるテディベアが全て、ひとつ残らず、森の魔女が作った魔法のかかった代物であることに。
季節は秋。夜の帳が下りる時が早まりだし、虫達のさざめきが響く頃。森の奥の屋敷には煌々と灯りがついていた。
「ご主人、ご主人、納期がやって来ましたよ!」
ばたばたと騒がしくツキノワグマが二足歩行で廊下を駆けていく。向かった先には、開けているが布と綿、裁縫道具に型紙が乱雑に散らかる部屋があった。その中心で、一心不乱に魔法陣の中心で布と綿と裁縫道具に魔法をかけている妙齢の女性がクマの方を向く。
「ええ、ええ、分かっていましてよ。少々お黙りくださいまし。」
魔女が心臓を模したハートの小さなクッションに口づけをした次の瞬間、するすると布が縫い合わされていき綿が詰まっていく。最後に本物の熊と同じ位置にハートが収まると、抱いて眠るのに丁度良さそうなサイズのテディベアが出来上った。
「これが最後でしてよ、丁重に運びなさい。」
「かしこまりました、個数の確認の上しかるべきところへ納めて参ります!」
快活にクマはテディベアを受け取って去っていく。ふぅ、と一息ついた魔女は近くにあった鳥籠のようなチェアに腰掛ける。毎年この時期が納期ではあるが、いつもと変わらずギリギリでの納品となってしまった。手を抜く気はなく、品質の向上を研究している都合でどうしても満足いくまで悩んでしまう。いつか終わればいい、そう思ってもこの街から人が居なくなるまで、テディベアを作り続けなければならない。
この街の人の魂は、天国にも地獄にもいく事ができない。何かを依代に魂が留まり愛を集めてまた生を受ける他に、輪廻を繰り返せない呪いをかけられてしまったから。それを少しでも助けるために、魔女はテディベアを作る道を選んだ。
「ご主人!ひとつ足りません!」
クマが駆け込んでくる。その顔は心なしか物憂げな不安にくすんでいる。
「その、あれです、黒いテディベアがひとつ足りません。」
黒い、そう聞いて魔女の顔も陰る。
「そう、足りませんでしたのね、今すぐ作りますわ。」
す、と立ち上がった魔女はハートのクッションを持って魔法陣の中心へ立つ。呪文を唱えていくと周囲にテディベアを作るための道具と素材が浮かぶ。その中に、ふわりと黒いもやが近付いてくる。魔女のハートへのキスと同時に、ハートの中へ吸い込まれていき、そしてテディベアが出来上がる。
「出来ましてよ、持ってお行きなさい。」
明らかに作る前より疲れた魔女の顔に、心配を滲ませながらクマは受け取り去っていく。チェアに座る気力すらなくその場に崩れ落ちた魔女は、ひとつ願う。どうかあの黒い熊が見つけ出してくれますように。
魔女の作るテディベアには死者の魂がハートに宿っている。彼らはそのぬいぐるみの体に持ち主の愛を溜め込んでいく。そしてぬいぐるみとしての使命を全うした時に、また人として転生する事が可能となるのだ。その橋渡しのためだけに、魔女はこの地にひっそりと住んでいるのだった。
普通の熊は、魂が宿っている事以外は極めて普通のぬいぐるみでしかなく、特別な存在ではない。しかし、黒い熊だけは違う。これに宿る魂は転生を拒んでいる者達だった。生きることを放棄した、どこにも居場所の無い魂達が仕方なく宿る依代として、黒い熊は作られている。
特別な力として、黒い熊にはひとつだけ持ち主の望みを叶えられるまじないが備わっている。このまじないで生きることの希望を見つけられるように。希望があれば、きっと、また輪廻に戻ってくれると魔女は信じて。
しかし、黒い熊の魂達は魔女の願いを悪用する。自分たちの仲間を増やすために。この街から生者を無くして、輪廻を断ち切るために。夜長の帳に呪いをかけて、持ち主の死への願いを叶える振りをして。新たな黒い熊を増やすために、持ち主の魂を不完全な輪廻の理から収穫して奪い取る。そしてこう囁くのだ。
生きていても良い事はない、一緒に生の世界を終わらせよう
そのために魔女の噂を押しつぶして、秋の夜の呪いを振りまいていく。
森の暗がりの奥、闇より深い黒から声がする。
「はやく、はやくこの街が無くなっちゃえばいいのに!」
そう呟くのは、黒い、黒い、ツキノワグマ。この呪いの元凶。
「そしたら、ごしゅじんは、ぼくだけのもの」
ね、みんな。その言葉に答える周囲には、黒いもやが満ちていた。
10月お題「テディベア、夜長、森、収穫」
酪農学園大学文学サークル作品 述獣 @kurosukemaru
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