幽霊と照明
影無 幽暗
幽霊と照明
昔あるテレビ番組で聞いた話だが、トイレ、お風呂、押入れ等狭い空間に居る幽霊は、その空間が一定時間光で満たされるとそこから居なくなるという。完全に消滅してしまうわけではないが、暗がりを好み闇に紛れる幽霊は、命を削る光を嫌いその空間から立ち去るというのだ。
そこで問題となるのは、この幽霊が立ち去るまでの一定時間とはどのくらいかということだ。
例えば深夜トイレに立った際、今まさに入ろうとしているトイレから嫌な気配を感じた場合を仮定する。無論トイレに入らず、抜け出てきたばかりの布団に引き返して気にせず寝なおすといった方法も考えられるだろう、君子危うきに近寄らずというやつだ。
しかし、眠りの安息が妨げられたということは、我慢できぬほどの尿意に襲われている可能性が高い。そんな時にトイレを我慢するなど不可能だ。ではどうするか、意を決して飛び込むほかあるまい。照明をつけ、何もないことを祈りながらトイレに入るのだ。そんなとき、照明が幽霊を追い払ってくれるというのはとてもありがたい話だ、嫌なものに出会ってしまう可能性はできるだけ低いほうが良い。
そこで重要になってくるのが先ほどの一定時間だ。照明をつけたあと幽霊が立ち去るまでどのくらい待つ必要があるだろうか。5秒か、10秒かそれとも分単位で待たなければいけないのか、まさか1時間待てなんていうことはないはずだ、そんなに待っていたら日が昇ってしまうかもしれない。
幽霊が科学で解明された物質で構成されているのであれば、光と幽霊構成物質の関係性からこの待ちの時間を導き出すことができただろう。しかし、残念ながら今現在幽霊の構成は解明されていない。よってこの考え方から待ち時間を求めることはできそうにない。
では、どう考えるべきか。
幽霊も人と同じく感情を持つ存在であるはずだ、ならば幽霊の心理を解き明かすことで待ち時間を求めることができるのではないだろうか。
幽霊の気持ちになって考えてみる、今まで居心地の良かった空間が、突然自分の嫌いなもので満たされる。命が蝕まれその場に居たく無くなるほど苦手な何かに包囲されるのだ。もしそんな状況に陥ったとすれば、そこには一秒たりとも留まることができず、即座に逃げ出してしまうはずだ。
しかしもし、目の前に財宝があったとしたらどうだろうか、それを手に入れることこそが至上の喜びとなるほどの財宝が。環境が汚染されるとすぐ後に至高の財があらわれるのだ。汚染からはすぐさま逃げなければならない。しかし、汚染された環境でしか財宝は手に入らない。恐怖からの逃走、財宝の獲得、2つの思いが鬩ぎあうことだろう。
だがその葛藤も長くは続かないはずだ、悩む間にも環境により命は確実に侵されているのだから。そして思い直す、財宝は今を逃してもまた獲得の機会がやってくる、だがそれも命あってのことだと。そして目の前までやって来た財宝を諦め逃走を決意するのだ。
ここまでの時間を考えてみる、自分なら命が汚染される状態を財宝のためにどれだけ我慢できるか。15秒くらいではないだろうか、10秒というのはちょっと我慢弱すぎる気がする。だから10秒にちょっと足して15秒だ。
そう、15秒だ。15秒も光に照らされれば幽霊は消えてくれるはずだ。
だから頼む、トイレに入ってすぐその灯火を弱めてしまった照明よ、さっきから5秒ほど光っては消えてしまう照明よ、あと一度で良いから、たった15秒で良いからこのトイレを照らし続けてくれ、あの影がこっちを振り向く前に、背後の財宝に気が付いてしまう前に……。
幽霊と照明 影無 幽暗 @Ykagenashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます