第2話 天才的な農民の改革
ザクッ
鍬で土を耕すこと数時間、久しぶりの肉体労働に身体はバキバキの状態に陥っていた。
「デスクワークばかりだったからな、もう体が動かないとは……」
流石にこの体力の無さには驚いた。
学生時代、魔導闘技会でそこそこの成績だったとはいえ、鍬を200振りした程度でもう背筋あたりがつりそうだった。
俺は瞼に乗った汗を拭き、木蔭に腰を下ろした。
さて、なぜ帰省した翌日にこんなことをしているのかというとーーまあ原因は主に父さんなのだが、こうして継ぐことになった以上一日も休む間もなく仕事に取り組まなくてはせっかくの作物が悪くなるからだった。
「R1609、水とE6を撒いておいてくれ」
俺は側で待機していた小型ドローンに向かってそう命令する。
その指示を受け取ったR1609は浮遊し、畑へと向かった。
従来型のようなプロペラはなく、風属性の魔素を利用した魔動力式小型ドローンだ。
リモコンは必要なく、一度遠隔操作で飛ばした行路をパターン学習させて自動飛行させる。
昔流行った円形のお掃除ロボットのような仕組みだ。
ピピピッ!
すると突然、俺のポケットからアラームが鳴り出す。
振動を伴いながら鳴っているこれは、今やシェア率世界一位の連絡ツール『スーパーマルチフォン』、略称名はスマホと呼ばれる携帯型多目的魔粒子機器だ。
このアラームが鳴ったということは、奴らが現れたという合図だ。
スマホを閉じ左胸の専用ケースにしまうと、俺は立ち上がり農具を片付ける。俺は出しっぱなしはあまり好きではないのだ。
俺はまだ作業中のR1609を見る。R1609なら任務完了しだい俺の部屋まで自動帰還するよう設定されているから大丈夫だろう。
さて、本題はこっちだ。
俺は再びスマホを取り出して周辺マップを開く、現在マップ上に反映されている赤い点々が例の奴らだ。
ざっと見ても30は確認できる。
俺は事前に起動させておいたR000と連絡を取る。
「奴らが動いた。作戦通り例のポイントまで誘導してくれ」
『了解』
これであとは俺が向かうだけだな。
俺の場合ギアがあるからそれほど苦労はしないけど、父さんはこれらを腕一つでねじ伏せてたんだよな。
俺はそんなことを考えると少し身震いを覚えたが、そんな化け物みたいな人間も腰痛で寝込んでいることを思い出すと少し笑ってしまう。
それから俺は畑から西の方角にある山に入った。俺がポイントに着く頃にはもうすでにR000の作戦が完了しており、例の奴らは仕掛けられた罠に捕らえられた後だった。
なるほどね。これが橙猿か……。父さんからは聞いていたけど思ったよりでかいな。
大学では資料として読んだことがあったが、実際に見るのは初めてだった。
「マスター」
R000がこちらへ近づいてくる。
「お、よくやったな。お疲れさん。」
俺はそう言って彼女の頭を撫でてやる。我ながら本当に精巧だと思う。感触が人間のそれとほぼ違和感ない。それに俺に撫でられて嬉しそうにするこの仕草もだ。ただ、この子をどうやって作ったのか、その設計図も当時の様子もまるで思い出せないのが厄介だった。
R000は、撫でられ終えると、俺の後ろについて行く。その行動はやはりどこか無機質で、人間味を感じられない。
「さて、後始末をちゃんとしないとね」
それから橙猿共を懲らしめた後、俺達は家に帰った。R000のことは母さん達も認知しているので、問題なく今もリビングでテレビを観ている。
コイツもテレビとか観るんだな。
ただお笑い番組を観ていても、やはり表情一つ変えない。
考えが読めんな。いや、機械だから読めなくていいのか。
「レイ〜!お父さんがお話だそうよ〜」
廊下から母さんの声が響いてくる。俺はすぐに立ち上がり、リビングを出る。あの子には待機という命令をしてあるから問題ないだろう。
俺は母さんと一緒に父さんの書斎へと入る。
「失礼します」
「……」
俺が部屋に入ると父さんは高そうなソファーチェアに腰をかけ、読書を嗜んでいた。
……似合わないな。
「お、来たな。まぁ、そこに座りなさい」
父さんは母さんの用意した椅子に俺を座らせる。
「じゃあレイ、お母さんは行くわね。あとで美味しい晩ご飯用意しておくわね」
「うん」
俺は母さんを送り出すと、用意された椅子に腰をかけた。
「で?父さん、話って何?」
「うむ、お前、大学は良かったのか?急とはいえお前自身が望んで進んだ道だ。それを取り上げる形になってしまって申し訳ないと思ってるんだ」
なるほど、そんなことを考えていたのか。
「ああ、そのことなら問題ない。後任の引き継ぎも任せたし、そもそも俺の成したいことは既に成された。後悔もない」
「そうか……」
むしろ今は、この農業という産業に新たな技術革命を施したいと、ウズウズしているくらいだ。
「それでな……実は、もう一つ話があってな……」
そこで急に父さんの歯切れが悪くなる。ヒゲも生やしてないくせにあたかもそこにヒゲがあるかのように顎を撫で始める時は、何か後ろめたいことがある証拠だ。母さんに怒られてる時はいつもあの様子だ。
「なんだ?早くしてくれ。俺は新しい農業用ドローンを量産しなければならないんだ」
まだ試作品ではあるがR1609の子機を幾つかすでに量産済みだった。ただ、家の畑が広過ぎて足りないので、追加のドローン達を製造しに行きたかったのだ。
「おい?なんだそれ?そんなもんあるのか?今度父さんにも見せてくれよ!」
父さんは無駄な食いつきを見せる。
この人、昔からロボット系大好きだからな。そういえば俺の作った宇宙船型変形式ロボットとかで一年くらい旅行してた時期もあったな。
「いや、それはいいから続きを話せよ」
こうなったら歯止めが効かなくなるので早めに話を元に戻す。
「おっと、そうだった。お前、結婚しろ」
………は?
突然の事に頭がついていかないと思ったが、天才の俺は状況理解が早いので追い抜いてしまう。
だから僕は考えるのをやめた(笑)
という冗談はさておき、こいつさっきまで言いにくそうにしてたのに、さらっと言いやがったな。まずそこがムカつく。
そして、まぁ、今のままでは情報が少なすぎる。
「急に結婚しろって言われてもな。悪いが俺には意中の相手がいない。もしお見合いでもさせるつもりならそれも却下だ。今まで色んな女性から求婚を迫られてきたが、どれも俺の理想とは程遠い。俺を納得するだけの条件を提示されなければ俺は応じないぞ。あとーーッ」
そこまで言った時だった。俺はとてつもない殺気に、背筋を凍らせた。その殺気は、当然俺に当てられたものではない。父さんには若干向かってた気もするが、多分もっと別の何かに対しての殺気だろう。
俺はその発生源の方を静かに振り向く。
「レイちゃ〜ん?その話、詳しく聞かせてもらえないかしら?レイちゃんに求婚したっていう、猿共の話を」
鬼ーー母さんは、料理をしていたのだろう。エプロン姿で包丁を持ったまま、俺の後ろに立っていた。多分ケチャップでも使っていたのかな?エプロンに赤い何かが付着して、包丁にもそれがベッタリと付いている。
「お、落ち着かんか。レ、レイ?冗談だよな?今の話、全部冗談だよな?」
父さんが普段の何倍もの汗をかきながら、目で訴えてくる。『合わせろ』と。
「あ、ああ。冗談だよ母さん、、。父さんが冗談言うもんだから、俺も冗談を返しちゃったんだ」
俺は母さんの方を見ながら引きつった笑顔で誤魔化そうとする。
「おい、レイ。何が冗談だ。父さんの言ったことは本当だぞ」
「………」
ごめん。ちょっと何を言ってるのか分からない。
「あら?そうなの?もう〜、なら安心ね。レイちゃんに手を出す雌猿の群れだったら駆除しないいけないもの♪」
母さんは楽しそうにスキップをしながら戻っていく。
頼むから包丁を振り回さないでほしい。
「はぁ、マジで心臓止まるかと思った」
「全く、お前が悪ノリで冗談なんか言うからだぞ?少しは反省しなさい」
イラッ
コイツ、後で覚えてろよ。
「それより父さん。結婚の話が本当なら、母さんは大丈夫なの?」
さっきのでアレだ。結婚なんて言ったら、父さんの命が幾つあっても足りないと思うんだが……。
「ああ、それなら心配いらんぞ。何せお前の元に嫁いでくれるのは母さんが選んだ子だからな。ほら、これが名前と写真だ」
俺は父さんから封筒を受け取る。まだ一度も開けられていないようで、しっかりと封をされていた。俺は魔力を指先に集め、尖らして開け、中の写真と書類を取り出す。
「父さんもまだ見てないのか?」
「ああ、母さんからレイが見るまで見るなと言われているからな」
俺はその言葉に少々違和感を覚えたが、取り出した書類と写真に目を通した。
「………却下で。」
俺は写真と書類を封筒に戻すと、父さんに渡して、部屋を出た。
その書類には名前の欄にユリと書かれ、写真は見覚えのある、というか昔見せてもらったとある人物の成人式の写真とその人物の水着のグラビア写真だった。
母さんじゃねぇか
とりあえず俺は母さんを叱っておいた。するとなぜか、翌朝父さんが物干し竿に干されていた。この真相について誰も語るものはいなかった。
天才理系魔導師、大学を辞めて実家の農家を継ぐ。 ピポット @pipotto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天才理系魔導師、大学を辞めて実家の農家を継ぐ。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます