クラックコア~死んだ傭兵が転生したのは男子中学生!?

百舌巌

第1話 とある傭兵の憂鬱

 平日の昼頃。


「う…… ううう~…………」


 ディミトリ・ゴヴァノフは手酷い頭痛で目が覚めた。


 彼は今年で三十五歳になる。傭兵を生業とするロシア出身の男だった。

 もちろん、軍隊での戦闘経験は豊富で、退役する時には特殊部隊にも所属していた。

 最後の作戦で戦闘ヘリコプターをお釈迦にしてしまい除隊させられてしまった。


 学歴もなく手にこれといった技術を持たなかったディミトリは、仲間に誘われて傭兵に成ったのだ。

 それについては別に不満は無かった。彼は戦闘行動が無類に好きだったのだ。

 上官が学士学校上がりのガチガチ芋頭から、諜報学校上がりのピーマン頭に変わるだけだからだ。


(馴染みの酒場で出された、安っすい酒の二日酔いより酷いな……)


 頭の側でグワングワンと鐘を鳴らされているような頭痛の鼓動が迫ってくる。

 身体が強烈に重くなるのも一緒だった。何とか動かそうとするも一ミリも動いた気がしない。


(うぅぅぅ…… ここはどこだ?)


 ディミトリは眩しそうに目を開けた。眩しいのは自分の頭上にある蛍光灯のせいのようだ。

 だが、視界が定まらないのかグルグルと部屋が回っているような感覚に襲われている。

 ディミトリは目を瞑った。


(1・2・3・4……)


 目眩がする時には、目をつぶって深呼吸しながら数字をカウントするのが有効だと兵学校で教わった。

 これは砲弾が近くに着弾した時に目眩に襲われやすいからだ。

 戦闘時の目眩は爆風や爆圧で頭を揺さぶられてしまうので発生してしまう。そこで軍は初期教練で対象方法を教えている。

 自分の少なくない経験でも知っていることなので冷静に対処法を実践してみた。

 何回か目をシバシバと瞬きしていると、落ち着いて部屋の中を見ることが出来るようになった。


(……………… 病院!?)


 白を基調とした飾りっ気の無い部屋。消毒液の匂い。まあ、病院なのだろうと納得したようだ。


(六人部屋だけどオレ一人だけか……)


 ディミトリがベッドの中でモゾモゾしていると、病室の中に入ってきた看護師がひどく驚いていた。

 そして、彼女は慌てて部屋を出ていった。しばらくすると医師と他の看護師を連れて部屋に入ってきた。


(ずいぶんと顔が平ったい黄色い連中だな……)


 彼らを初めて見たときの印象だった。


 ディミトリはロシアのクリミヤ生まれだ。

 自分が生まれた街には白人しか居なかったので、黄色人種には馴染みが薄かったのだ。


(ターバン巻いた連中じゃねぇんだな……)


 イスラムの過激派に捕まったようでは無いので一安心だった。連中の拷問の凄さは嫌というほど知っている。


 やがて、ドヤドヤという感じで白い服を来た集団が部屋に入ってきた。全員、東洋人のようだ。

 その、たくさんの医師や看護師がディミトリを覗き込んでいた。

 見ると医師や看護師胸のプレートに象形文字が書かれている。

 恐らく名前であろうことは想像が付く。

 だが、読めない。ディミトリには馴染みの無い象形文字だからだ。


(確かカンジと呼ばれている文字だ……)


 それはアニメオタクの仲間が教えてくれた形に似ていた。彼はアニメの中でカンジを覚えたらしい。


『俺…… 作戦が終わったらアキハバラに行くんだ……』


 彼もある意味フラグを立てていた。彼は作戦行動中に地雷を踏んでしまい、文字通り霧散してしまった。

 それ以来、街中でカンジを見かけると彼を思い出すのだ。


(カンジは中国などで使われていると言っていたな…… アキハバラは中国のどの辺りにあるんだろう?)


 ユーラシア大陸のどこかにあるのは漠然と分かっていた。だが、さほど関心のある国では無いので覚えていなかったのだ。


「…………!」

「!」

「……!」

「!!?」


 医師の一団は何かを必死に話しかけているらしいが耳に入って来ない。まだ耳鳴りが酷いのだ。

 わーんと唸っていて耳が何の音も拾わないからだ。もっとも聞こえたとしても言葉が分かるとも思えない。

 そこでディミトリは耳を指さして頭を振った。

 分からないと言ったつもりだったが、医者たちは筆記で何かを尋ねてこようとしていた。


(やれやれ…… 仕事熱心だな……)


 見せられても意味が分からない。象形文字は線で構成された幾何学模様にしか見えない。彼は首を横に振って目を背けた。

 するとディミトリの目が制服を着た人物を見つけた。部屋の入り口の所に居る。


(あれは…… 警備員か?)


 彼に気がついたディミトリは直ぐに視線を外し、顔を向けずに目の端で観察する事にした。警備員というのは自分を見つめる人物は怪しいと決めつける職業だ。これは警官にも言えることだ。

 それを無視して見ていた結果は、大概ややこしい事態になるのは経験済みだ。

 自分が警備員や警察官に好かれないのはよく知っているつもりだった。


(違うな腰に拳銃を装備してる…… 軍警か警備兵だな……)


 腰の所の膨らみを見て、拳銃を携帯していると考えたようだ。

 すると他の事にも気がついた。


(ん? もうひとり…… 二人いるのか……)


 部屋の入り口の外にも、もうひとり居るのを彼は見逃さなかった。


(くそっ! 中国軍の捕虜になっちまったか……)


 ディミトリにとっては、東洋人イコール中国人である。多くの白人は中国人と日本人の区別は付かないのだから仕方がない。

 そして、少なくない経験から自分は捕虜になっていて、現在は警備兵の監視下にあると思い至ったようだ。


(随分と厳重な監視じゃないか……)


 ディミトリは厄介な事になったなと溜息が出そうになった。

 だが、同時に疑問も湧いてきた。


(……なんで、俺は中国軍に捕まっているんだ?)


 自分が襲った麻薬工場はイラクマフィアの工場だったはずだ。作戦計画書にそう書いてあった。

 そこはアフガニスタンで収穫されたケシをアヘンに精製する工場だ。

 アフガニスタンでは米軍に見つかって爆撃されてしまう。なので、遠路はるばるシリアまで持ち込んで作っているのだ。


 工場で作られたアヘンはヨーロッパやロシアに配給されるていると聞いた。

 各国が躍起になって製造販売ルートを撲滅しようと苦心しているのだ。


 麻薬密売はイスラム過激派の資金源である。何しろ戦争するには金がやたらとかかるものだ。

 そこで、手軽に稼げる麻薬密売などに気軽に手を染めるのだった。


 中東にはそういった連中の工場が無数にあった。しかし、政治的に複雑な地域なので迂闊に空爆など出来ない。

 うっかり有力国の人間を巻き込んだら本格的な戦争に発展しかねないからだ。


(だからこそ、俺達のような傭兵が仕事にありつけるってもんだがな……)


 そこでディミトリたちのような傭兵が工場の破壊を請け負っている。もちろん作戦など無いに等しい強襲であった。

 武器は持っているが訓練を受けてない者など敵では無い。単なる的だ。

 もちろん、現場にある現金は好きにして良いとの旨みもある。


(工場が中国と取引しようとでもしていたのだろうか?)


 自分が中国軍に捕まった理由をアレコレと考えてみた。


(でも、ターバン巻いたヒゲモジャ連中しか居なかったよな……)


 工場には中東の連中ばかりだった気がする。もっとも、自分が見聞きした範囲内での考えだ。

 何か裏取引が関わって居る気がしないでも無い。最近の中国は政治的な影響力を拡大させたいのか世界中の紛争に首を突っ込んでいる。


(生き残りが俺しか居なかったのか?)


 だが、単なる戦闘員である自分に価値が有るとは思えなかった。

 製品には薬剤を掛けて最終処分し、生産設備は破壊するという簡単なお仕事だったのだ。

 もちろん、お宝もタップリ有ると話は聞いていた。当日はチェチェンマフィアが取引に来ていたのだ。


(頭痛が酷くなりそうだな……)


 彼は政治的な話には興味が無かった。

 引き金を引くのに政治は関係ないし、銃弾は政治を選んで当たったり外れたりしないからだ。


(このクソッタレな世の中で唯一の平等をもたらす物だからな……)


 そう考えてフフフッと笑ってみた。彼は刹那的な生き方をする方だ。自分の人生について達観している部分もある。

 日常的に人の生き死にに接しているからなのだろう。

 ディミトリは自分の頭を擦ろうと腕を伸ばすと管だらけなのに気がついた。


(何だっ! これはっ!!)


 自分の手を見て驚いた。まるで老人のように細くなっているのだ。

 そして、そこに無数の管やら電線が繋がれている。


(丸でマリオネットだな……)


 自分の身体が異様に重く感じるのは、食事をとっていないせいなのだろうと考えた。


(これじゃ、近接戦闘は無理っぽいな…… 逆に制圧されてしまう……)


 子供の頃から空手を習っていた事もあり、格闘戦は彼の得意分野のひとつでもあった。

 ところが、目の前にある自分の手は枯れ枝に指が生えているような感じなのだ。

 これでは相手をぶん殴っても逆に折れてしまいそうだった。


(随分と長い事入院していた様子だな…… まあ、爆発に巻き込まれれば無理ないか)


 入院していると痩せてしまうのはよく聞く話だ。ましてや大怪我をして動けないとなると筋肉がみるみる内に無くなっていく。

 何しろ食事をしっかり取れないことが多く、ほとんどが点滴で栄養を流し込んでいるだけなのだ。

 ディミトリも戦友を見舞いに行くことが多いが、連中が退院した後に苦労するのが体力の回復なのだ。


(爆弾の爆風をモロに受けたからな……)


 自分も体力の回復にどのくらい掛かるのか見当が付かなかった。

 もっとも彼にはそれ以上に懸念すべき事柄があった。


(監視の目をごまかして脱出する手段を考えないと……)


 ディミトリも長い軍歴の中で敵に捕まってしまったことはある。ゾッとしない経験だ。

 また同じ目に会うのはまっぴら御免だとも思っている。

 何とか脱出して原隊への復帰を図らねばならないと感じていた。


(まずは対象の観察からだな……)


 彼が何も言わないので諦めたのか、医者と看護師は溜息を付いて病室を出ていった。

 行動に移す前に対象を良く観察するのは、兵学校で叩き込まれた習性だ。

 そんな彼らを無視して、ディミトリは監視の目から逃れる手段を考えるのだった。




====== 後書き =====

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悪気無い行動が起こした呪いの連鎖反応

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お暇な時にでも楽しんで貰えれば幸いです。


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