肉と金を返せーっ

 

 肉と金を返せーっ、と叫ばれながら、アドルフが突っ立っているのを見ながら未悠は思っていた。


 いつも思うんだが……。


 こんな風に軽く追いつかれて、差し入れ、などと城から持ってこられたりしているのに、我々が旅をしている意味はあるのだろうかと。


 おそらく、あっちで食べ、こっちで呑み、そっちで風呂に入り、王様に会い、チンタラ観光がてらの旅をしている我々に、ひとり馬を飛ばしてきたアドルフ様が追いつくことなど簡単なのだろうが。


「……じゃあ、私がひとりで馬を飛ばして大神殿に行けば済む話なのでは」

と未悠が呟いている間も、アドルフは野盗たちに罵られていた。


「こいつだっ」


「そうだ、こいつだっ。

 上品そうな顔して俺たちのものを何もかも持っていっちまいやがったのはっ」


「こんないつも腕のいいシェフが用意した美味いものをたらふく食ってそうな奴に持っていかれるなんてっ」


「こんなちょっとうるさい母親はいるけど優雅に暮らしてそうな奴に持っていかれるなんてっ」


「こんな将来嫁の尻にしかれそうだが、なんだか一生、安泰そうな奴に持っていかれるなんてっ」


 すごいな、この人たち……。


 千里眼だろうかと、と未悠は感心して野盗たちを眺めていた。


「こういう商売をして、油断ならない毎日を送っていると、洞察力が優れてくるんじゃないのか?」

とリコが笑う。


「おい、なんで野盗から食べ物を奪った」

とリコに言われたアドルフは赤ずきんちゃんのようにカゴに入れたハムやワインを、タルトとは反対側の手に持っていた。


「俺にそんな技術があると思うのか」

とアドルフは言った。


 笑っているリコは、もちろん、本気ではないようだった。


 その様子を見ていた堂端が呟いた。


「……王子そっくりの盗賊? 一体、この顔は何個あるんだ」


 いやいや、こんな美形がそうそう居るわけもない。


「その盗賊、社長じゃないんですかね?」

と未悠は言った。


「きっとまたこっちの世界に来たんですよ。

 だって、今、この人たち言ったじゃないですか。


 その盗賊はアドルフ王子と同じ顔をしていて、金の紋章の入った白いマントを羽織っていたと。


 そのマントはおそらく、私が社長の許に忘れてきたものです」


 それを聞いたアドルフは急に王子の威厳を持って、野盗どもに言い出した。


「みんな、その盗賊を見つけて捕縛しろっ。

 決して、その男が未悠の前に現れることのないようにっ」


 堂端が困ったような顔をしていたので、未悠は訊いた。


「堂端さん、社長と組んで、将軍か参謀になるんでしたっけ?」


「言うな。

 今、迷っているところだ。


 こっちに付いてた方が食べ物が豊富だし」


 そう言いながら、堂端はぐるぐる回る肉と、アドルフの手にある野いちごのパイを見ていた。





 その頃、ラドミールは急ぎ馬を走らせていた。


 アドルフ王子が忘れ物をしたからだ。


 ……意味がわからないが、と未悠のようにラドミールも思う。


 旅に出た奴に差し入れを届け。


 その差し入れを届ける人間が忘れたものをまた自分が届け。


 一体、未悠たちが旅をしている意味は何処にあるんだっ。


 あれから全然進んでないじゃないかっ、とラドミールは心の中で未悠を罵りながら、よく慣らしてある馬で山道を駆ける。


 やがて、山を抜け、小さな砂漠に入った。


 砂漠には岩場があり、月の光にも湯気が上がっているのが見えた。


 気持ち良さそうだな、と思い眺める。


 帰りに余裕があれば、入りたいものだ、と思ったあとで、振り返った。


 今越えた山が見える。


 確かに、このコースは早いが、女連れではちょっと厳しい。


 あまり進んでいないのも仕方がないか、と思ったとき、湯殿のある場所から少し行ったところ。


 街の手前に林があるのだが。


 その中を突っ切る街道の入り口に、岩の上に腰掛けて、肉を食っている男が居た。


 アドルフのようだ。


 ラドミールは馬から降り、訊いてみた。


「どうされたんですか?

 未悠様に叩き出されたんですか?」


 だが、白いマントを被った鋭い視線のアドルフは肉を手に、

「臭い、硬い、まずい……」

と呟くだけだ。


「……なんの肉なんですか? それ」


 そう訊いてみたが、アドルフは食べかけの肉を睨んだまま、


「知らん」

とぶっきらぼうに言う。


 いや、この目つき。


 この口調。


 この男は、おそらく、アドルフ様ではない。


「……シャチョー?」

とラドミールは小さく呟くように訊いてみた。




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