働け
「おう、お前らか。ちょうどいいところに来た、働け」
宿に入ると、開口一番イラークが言ってきた。
ヤンが、
「イラークさん、未悠様は正式に王子妃となられることが決まったのですよ」
と言ったのだが、イラークは、
「そうか。よく来たな、おめでとう。働け」
と言って、ヤンに自分が手にしていた木のバケツを、未悠にエプロンを手渡してきた。
「お待たせしましたー。
香草の炒め物ですー」
と未悠が旅人のテーブルに料理を運んでいると、後ろからリチャードたちが、
「生き生きしてるな」
「さっきも思ったが、城にいるより、向いてるんじゃないか?」
とテーブルで酒を呑みながら言ってくる。
タモンもその中に入って、物珍しげに周囲を見回しており……。
ふと気づけば、私とヤンしか働いてない、と未悠は気づいた。
堂端さんっ、と視線を
というか、イラークの妹、ミカの側で、いそいそと立ち働いている。
……普段の偉そうな態度は何処へ?
ああいうおとなしげな人が好みだったのか、と思いながらも、未悠は、
「いらっしゃいませー」
と新たにやってきた旅人を出迎えた。
「よし、みんなよく働いたな」
とキリのいいところでイラークが言った。
いやいや、よく働いたのは私とヤンだけで、あとはちょっと裏で薪を割ったりしただけじゃないですか、と未悠は思っていたのだが。
イラークは、
「今日は俺がご馳走してやる。おい、荒くれ者」
とリチャードを呼んだ。
うまいものが作れる人は怖いものなしだな。
美味しい夕食にありつけなかったら困るので、リチャードもイラークには逆らわない。
「この先の、砂漠の海の手前の岩場に女も入れる温泉がある。あそこにみんなを連れていけ」
ほら、とタオルや桶の詰まった古いリュックをリチャードに押し付ける。
「あそこなら広いからゆっくりできるぞ」
それを聞いたリコが、なにかを察したように、
「……此処の風呂はどうした」
と訊く。
「さっき壊れたんだ。
ミカがなんでもかんでも薪と一緒に突っ込んで燃やすから」
キッチンで、ミカがうつむき赤くなっていた。
「広いからゆっくりして来い、じゃなくて、風呂がないんじゃないか」
とリコは文句を言いながらも、おとなしく温泉に向かうようだった。
温泉は此処から近いらしいので、未悠も馬を置いて、歩くことにした。
「あ、エプロンしたまま来ちゃった」
と呟くと、
「いいんじゃないか? なんか街に馴染んだ感じで」
とリチャードが言う。
リチャードとリコを先頭にぞろぞろと温泉に向かって歩く。
たまたま横に堂端が来たので、未悠は言った。
「堂端さんだから言うんですけど」
「なんだ」
「米ミソ醤油が食べたいです。
この間、社長はそんな話をする暇もなく帰ってしまったんですが……」
「そうなのか。俺はまだ来たばかりなんで、特に思わんな。
むしろ、この世界の料理が興味深い」
「我々の世界とあんまり違いはないですけどね」
「米ミソ醤油より、ラーメンとかカレーが食いたいな」
と堂端は言い出した。
「やめてくださいよ。
食べたくなるじゃないですか」
そうだ。カレーと言えば、と未悠は語り出す。
「前、営業の田中さんたちに誘われて、死ぬほど辛いというカレー屋さんに行ったんですよ」
「ああ、あの極辛のカレーと極甘のケーキしかない不思議な店」
と言われ、そうそう、と頷く。
「一口食べただけで、夜まで胃が燃えるようで、全然お腹空かなかったです。
食料がないときは、無茶苦茶辛いものを食べるといいかもしれないですね」
「じゃあ、旅の途中で食料が尽きたら、お前の口に唐辛子でも突っ込んでやるよ」
「米、ミソ、醤油。
カレー、ラーメン……」
頭を回り出したではないか、と思いながら、未悠が呟いていると、堂端が、
「すき焼き、焼肉」
と続ける。
「なんだ? しりとりか?」
とリコが言い出し、なんとなく食べ物しりとりが始まった。
「よし。
仔ウシの丸焼き」
とリコが言うと、
「今日出るかな」
と嬉しそうにリコの仲間が。
リコの横にたまたま居たヤンがリコに横目で見られ、
「き、キジの丸焼き」
と慌てて言って、
「丸焼きから離れろ」
とリチャードの手下たちに文句を言われる。
だが、そこで、まったく人の話を聞かないリコの仲間が、
「キンカンの丸焼き」
と笑顔で言って、
「だから、丸焼きから離れろ」
とまたリチャード一味に突っ込まれる。
「キか。
キツツキ」
と言うリチャードに、リコが、
「結局、キじゃないか。
っていうか、食べ物しりとりだぞ?」
と確認したが、リチャードは平然と、
「焼いて食べるのに決まってるだろ」
と言う。
……どっちみち丸焼きじゃないですか、とリチャードの言葉に思いながら、未悠は順番もなく、勝手にそれぞれが口を出してくるしりとりを聞いていた。
「キジ」
また丸焼きか?
「ジキタリス」
焼いても食べちゃだめだろ。
「スナメリ」
何処に向かってるんだ。
「リス」
「可哀想じゃないですかっ」
思わず、口を挟んでいた。
「スルメイカ」
まともなことを言うと思ったら、堂端だった。
「カマキリ」
とリチャード。
食べるんですか……。
「リンゴ」
とタモン。
「ゴリラ」
とリチャード一味。
「ライオン」
とリチャード一味その二。
食べるんですか……。
まあ、食べるかな、この人たちは。
っていうか、いつの間にか終わってるし、と思ったのだが、暇だからか、また始まる。
「トカゲ」
「げんのしょうこ」
「コモドドラゴン」
「リチャードさん、食べ物ですよ……」
「食べ物だぞ」
「死にますよ……」
めちゃくちゃ菌が居ますよ、コモドドラゴン……。
とか阿呆な話をしているうちに、砂漠に着いていた。
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