お前、馬に乗れたのか

 

輿こしも置いてくことですし。ちょっと着替えますね~」

と言って、未悠は奥で着替えさせてもらった。


 本当はまだ店に残してあった動きやすい服にしたかったのだが、ヤンとリコに反対されて、少し簡素なドレスに変わっただけだったが。


 うーむ、歩きにくい、と思った未悠は、ポーランド風ドレスのように、裾をたくし上げ、ドレスの内側に、紐で止めてみた。


 それを見て、リコが、

「うん、まあいいんじゃないか?」

と頷く。


「あまりに華美でも金目当てに襲われるが、服装が簡素すぎても舐められるからな。

 それでなくともお前は、舐められそうな顔してるしな」


 相変わらず、一言多いな、と未悠が思っていると、ヤンが言ってくる。


「今回は正式に大神殿に参拝するわけですしね。

 あまりラフな格好で行かれては困ります。


 ……とラドミール様がおっしゃっておりました」


 ラドミールか。

 ついて来ていないはずなのだが。

 なんだかそこらに居る気がして、つい、辺りを窺ってしまう。


「そうだぞ、未悠。

 我々は今回は正式に大神殿に参詣する一行だ。


 金もたんまりあるし、お前も王子妃らしくしてろ」

と相当出来上がってるリチャードも言っていたのだが。


 しばらくすると、

「未悠、お代わりっ」

とリチャードは言い出した。


「はいはい」

と結局、未悠が立ち上がり、酒を取りに行く。


「……おかしいな、王子妃らしくするとは酒をつげという意味だったのだろうか」

と呟いていると、ヤンが、


「未悠様、わたくしが」

と手伝ってくれようとしたのだが、未悠以上に危なっかしいので、結局、未悠が運んだ。




 昼過ぎ。

 マスターとおかみさんに見送られ、ほろ酔い気分で一行は旅立った。


 輿を置いて歩いていくつもりだったのだが、せめてなにかに乗れとリコに言われ。


 まあ、足手まといになってもな、と思った未悠は、馬に乗ってみた。


 店の常連さんが気前よく馬を貸してくれたのだ。


 リコとヤンの手を借りながら、馬に乗る。


 パカパカと呑気に街道を進んでいると、リチャードが言ってきた。


「すんなり乗れたな。

 お前、馬に乗ったことがあったのか」


「昔、何度か。

 法事のお返しとかで」


「あれか」

と堂端が言う。


「法事やお祝い事のお返しに来るカタログギフトのやつか。

 乗馬体験」


 本当に行くやつ居るんだな、と言う。


「いや、結構楽しくてはまっちゃって。

 でも、本格的に習いに行くほどじゃないなーと思いながらも。


 親があんた好きなの選びなさいよと言ってカタログくれるたびに、乗馬に行ってみてました」


「そういえば、お前の親、実の親じゃないんだよな」


 自身も似たような立場なので、特に遠慮もなく、堂端はそう訊いてくる。


「そうなんですけどねー。

 でも、ずっと一緒に生活してると、血のつながりはなくとも、なんか似てくるんですよねー」


「きっとお気楽な感じのご両親なんだろうな」

と決めつけられる。


 そういえば、今の親で特に問題ないから、あまり追求する気にならないのだろうか。


 私がこの世界の生まれだとして。

 一体、誰が本当の親なのか。


 万が一、父親が王であったとしても、母親が誰なのか、サッパリわからないんだが、と思ったときり、

「そうだ。

 温泉とか寄ってみるか」

とほろ酔い気分のリチャードが言い出した。


「温泉、あるんですね、この世界にも」


「道の脇とかにいきなりあるぞ。

 そういうのは誰でも入っていいんだ。


 服脱いでドボンと入るだけで、なんにも設備はないけどな」


 いやそれ、私は入れませんよね……と未悠は思う。


 それにしても、

「なにかこうして、馬に乗っていると、西遊記って感じですよねー」

と街の街の間にある赤みがかった岩山を通りながら、未悠は言った。


 強い風に砂埃が上がって、時折、目が痛い。


「西遊記とはなんだ?」

と横を歩くリコが訊いてきた。


 旅にはこれ、とでも思っているのか、城を出るときに来ていた品のいい服を脱ぎ捨てたリコは、また肩の辺りを虎の顔に喰われている。


「お坊さまが妖怪たちを引き連れて天竺というところに、経典を取りに行く話ですよ」

と未悠はかなりザックリな説明をする。


「……西遊記?」

と呟いた堂端が未悠を見上げ、一行を見た。


「猪八戒」

と堂端はリチャードを指差す。


 ……意味わかったら殴られるぞ。


そして、

「沙悟浄」

と言い、堂端は自分とヤンを指差す。


 何故、沙悟浄が二体も……。


 それから、

「三蔵法師」

と馬の横を歩いているリコを指差したあとで、未悠を見上げ、


「サル」

と堂端は言った。


「なんで私がサルですかーっ!」


 馬乗ってんですけどっ? と訴えてみたのだが、

「いや、なんか落ち着きがないから」

と堂端は言う。


「三蔵法師は美形と相場が決まってるし」


「未悠様はお美しいですっ!」

と西遊記がなんだかわからないまま、ヤンが口を挟んでくる。


「確かに顔だけは……。

 だが、なにかが違う」

と堂端が呟いている間に、街が見えてきた。


「イラークの宿が近いな。

 あそこに泊まるか」

とリコが言う。


 堂端はまだ西遊記について考えているようだった。


「沙悟浄が二体は多いな」


 ええ。まったく配役のない人たちも居ますしね、と未悠はリチャードとリコの連れたちを振り向く。


万聖竜王ばんせいりゅうおう

と堂端はタモンを見ていった。


 何故、敵が一緒に歩いてるんですか。


 しかも、その設定だと、タモン様は私に頭をかち割られて死にます……と思う未悠の横で、堂端は、


「じゃあ、俺は、めでたしめでたしで」

と言う。


「何故、ナレーション……」

と言っている間に、一行はイラークの宿の前に着いていた。






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