あなた、誰なんですか……?
砂漠に突然、赤い岩に囲まれた岩場があった。
そこに湯が湧いている。
「女も入れる、と聞いた気がするんですが」
とかなり広い、湧き出る温泉を見ながら未悠は呟く。
「入れるぞ」
とリチャードは言うが。
いや、入れる入れないじゃなくて、恥じらいは何処にって話なんですが。
何処にも仕切りとかないですが、と思っていると、
「あそこに婆さんたちも居るぞ」
とリチャードは此処から遠い場所で浸かっている婆さんらしき人たちを指差す。
この距離でよく年齢性別が把握できるな、と未悠は思った。
さすがは、ライオンやコモドドラゴンを獲って食べる人たちはなにかが違う……。
っていうか、私も婆さんもひとくくりですか、と未悠は思う。
一応、若い娘なのに。
いや、城に上がるときは、ちょっとサバを読んではいたのだが……、
と思っていると、リコが近くにあった立て看板を読み、
「女性は衣類を着用して入っていいんだそうだ」
と言う。
「衣類ったって、このドレスでですか」
「エプロンがあるじゃないか」
とリチャードが言う。
……いや、あなた方、私にエプロン一枚で入れと?
と思っていると、
「あれ持ってくればよかったな、ほら。
鹿児島の温泉とかで、白い着物みたいなの着て温泉入るじゃないか」
と堂端が言い出すので、
「南無観世音大菩薩みたいなの書いてあるやつですよね、それ」
と未悠は言った。
「大丈夫だ。
お前なんぞ、全裸になってもいちいち覗かない。
安心して入れ」
とリチャードがパットで押し上げられた未悠の胸を見て言う。
……全裸になっても振り向かれない女を王子妃に迎える王子がちょっと可哀想になってしまったではないですか、と未悠は思っていたが。
ヤンだけが、
「なりません、未悠様っ。
ぜひ、すべてお召しになったままでっ」
と無茶を言ってくる。
そのとき、
「ほら」
とリコが脱いだ上着をくれた。
「これ、濡らしていいから、着て入れ」
「仕方がないな」
と堂端もシリオにもらったマントを投げてくれる。
「すぐに乾くだろ。街の方は乾燥してるから」
「あ、では、私も……」
とヤンは脱ぎかけ、
「でも、私の服なんて汚いですよね。
せめて、これで身をお守りください」
と小刀をくれた。
これ、いつぞやの睡眠薬つきのヤツでは……。
「じゃあ、俺たちはこれを」
とリチャード一味とリコの連れたちが、尖ったスタッズのついた腕輪や足輪をくれる。
これをどうしろと……と思っているところに、さらにリチャードが棍棒をくれた。
「いや、結構です……。
脱いでも誰も振り向かない女を誰も襲ってはこないと思うので」
未悠はマントを羽織って着替え、軽装で湯に浸かった。
なんだかんだ文句を言いながら入ったが。
湯に浸かれば気持ちもいいし。
浸かっている者同士で、和気あいあいとしてきて、その辺の人たちと話し始める。
その中に、顔に仮面舞踏会みたいなマスクをつけた年配の男が居た。
がっしりして体格がいい。
「ほう。お前は酒場で働いていたのか。
酒場の女はすごいと聞くが、どうすごいのだ?」
と何処かで聞いたようなことを言ってくる。
だが、特に悪気もないようだった。
どうすごいと言われても、私はなにもすごくないんだが。
一度にビールがいっぱい運べるとか?
と思ったのだが、
「あ、そうだ」
と未悠は後ろを振り返り、置いていた衣服のポケットからコインを取り出すと、オリーブの首飾りを口ずさみながら、コインを出して見せたり、消して見せたりする。
ちなみに、オリーブの首飾りとはマジックをするとき、何故か必ずかかっているあの曲だ。
「ほう。酒場の女というのは、そうすごいのか」
と男は変に感心している。
いや、そこで納得するか
。
何処かで見たな、こんなぼんやりキャラ、と未悠が思っている側で、ヤンがその男をじっと見つめていた。
どうした、ヤン、と思う未悠に、仮面の男はもっとやれと要求してくる。
いや、もっとって……。
未悠は隣に居る堂端を振り向き、小声で訊いた。
「堂端さん、なにかないですか」
「何故、俺に訊く?」
「小器用だからですよ。いつぞや忘年会でやってませんでしたっけ?」
「あれはトランプマジックだ。トランプ持ってこい」
とこの浴場で堂端が無茶を言ったとき、ヤンが言った。
「……王?」
は? 王?
と未悠は振り返る。
そういえば、リコもさっきからなにも言わずに、仮面の男を見つめている。
「おお、ヤンではないか。
お前、何故、此処に居る」
と仮面の男に言われ、いきなり、ヤンは感涙して平伏しようとした。
いや、風呂だ。
湯にもぐって遊ぶ子どものようになってしまうが、と思っていると、頭を下げたヤンは湯に浸かる寸前でとどまり、
「私のような一兵卒の名前まで覚えてくださっているとは」
と言った。
途中、湯に口が突っ込み、多少ごぼこぼ言っていたが、なにを言っているのかは推測できた。
仮面の男は、
「うん、お前のことは覚えておる」
と言った。
何故、覚えているのかは語らない。
いろいろやらかすし、ヘタレだからか?
と未悠は勝手に思っていた。
それより、もしや、この人がアドルフの父親なのか。
何故、此処に、と思ったら、どうやら、戦の疲れを癒しに、お忍びで来ているようだった。
そういえば、離れた場所からこっちを窺っている目つきの鋭い連中が居る。
ヤンとリコ。
それに、シリオそっくりの堂端が居るので、怪しいものではないと判断して、割って入らなかったのだろう。
そういえば、と未悠は、タモンを見る。
この魔王タモンこそが、国王夫妻のわだかまりの原因だったはずだが。
タモンは全然他所を向いて、リチャード一味とともに、まったり湯に浸かっている。
特になにも気にしていないようだ。
なんだか三頭のカピバラがぼんやりしているように見える、と思いながら、未悠はタモンたちを眺めていた。
「王よ。
この方が、アドルフ様の婚約者の未悠様です」
ヤンが、いや、此処で? というこの状況で紹介してくれる。
「そうか、酒場の娘よ。
お前がアドルフの嫁か。よろしく頼む」
いや、酒場の娘でいいんですか、と思ったところで、未悠は、ふと気がついた。
「そうだ、王様。
私、いまいち自分の出自がわからないのですが。
本当に、王様の子どもってことはないですか?」
うーん、と王は少し考え、
「ユーリアにも言ったが、覚えはないな。
ユーリアが私の知らない間に子どもを産んでなければないんじゃないか?」
と言ってくる。
それは他の女性とは関係を持ったことがないということですかっ。
なんという立派な王様っ。
思わず、未悠も平伏して、ごぼごぼやりそうになる。
「ぜひ、アドルフ様も王様のような立派な方になっていただきたいものです」
と言うと、うむうむ、と王はわかっているのかいないのか頷いている。
そこで、向こうに居た兵達がやってきて、王にもう此処を立つよう促し始めた。
「では、また会おう」
と言って、王はあっさり去っていく。
タモンにも特に興味は示していなかった。
「タモン様刺したの、あの人じゃなさそうですね」
と未悠が言うと、
「刺して逃げるとか、女が恨んでやったっぽいしな」
とリコが言う。
「王妃様は王のお言葉を信じてないみたいでしたが。
私は王のお言葉に嘘はないと思いますね。
王妃様にお伝えしましょうか」
「またでいいだろ」
とリコも気持ちよさそうに風に吹かれていた。
「ですね」
と未悠ももう一度、深く湯に浸かる。
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