ありがたき幸せにございます


 城を離れるのなら、結婚していけ、と言い出すユーリアに、やってきたエリザベートが、

「いや、王子妃がウロウロしたらまずいでしょう」

と彼女を見上げ、言っていた。


 だが、腐っても王妃。

 ユーリアは親友であり、忠実なる家臣であるエリザベートの話さえ、聞いていない。


「未悠。

 式をして、子どもを産んでから行きなさい。


 とりあえず、後継ぎを作れば国は安泰です。


 子どもを置いていくのなら、アドルフも連れていっていいわ。

 お前のボディガードに連れていきなさい」


 なにやらもう、王位継承権一位が、まだ、出来ても産まれてもいない孫に移った感じだ。


 おそろしいな、王室、と思う未悠に、ユーリアが言う。


「大丈夫です。

 お前たちの子どもは、私がしっかり育てますから」


 いやいやいや。

 王妃様が育てたら、また、ぼんやりした感じの子どもになるんじゃないですかね……?

と未悠は横に居るアドルフを見上げた。


「あの、ユーリア……王妃様」

とエリザベートがユーリアを見上げて言う。


「今回の旅は大神殿へ向かうようですし。

 特に問題ないのでは?


 大神殿への道は安全で、宿も整備されています。


 未悠も王族になることですし。

 一度、神殿に参拝して、巫女様にご挨拶しておくのもよいのではないかと」


「それもそうねえ」

とユーリアは少し考えを変えたようだった。


「では、とりあえず、未悠とそこらの者共で行ってきなさい。

 そこの僧侶のような頭の男、未悠を頼みますよ」


 ピンポイントでリチャードを指名し、ユーリアは言った。


 一番強そうだったからだろう。


「ありがたき幸せ」

とリチャードは立派な騎士であるかのようにユーリアが居る階段下にひざまずいて礼をする。


 ……やはり、本物の将軍より貫禄があるな。


 戦闘経験が多いからかな、と未悠が眺めていると、ユーリアは、

「ですが、次期王子妃の側に居るのに、なんの位もないのはいけませんね。

 お前に、なにがしかの位を授けましょう」

と言い出した。


 ええっ? と物陰から成り行きを見守っていた将軍が不安そうにユーリアを見る。


 だが、リチャードは、

「いえ、私は街のならず者。

 位などいただけません」

と深く頭を下げたまま言った。


「なんと。

 たいした男ですね」

とエリザベートが言う。


 ユーリアも深く頷き、

「みなが高い地位を求めて、私に擦り寄ろうとするのに、感心なことです」

と言った。


 柱の陰の将軍がぎくりとしていた。


「よろしい。

 無事に未悠を連れて帰った暁には、お前たちに褒賞金をあげましょう」


「ありがたき幸せ」

とリチャードと、いつの間にか――


 というか、おそらく、褒賞金の辺りから、リチャードの後ろにひざまずいていた、その一味は言った。


 しかし、いつの間にやら、急いで旅に出ることになってるが、と未悠が苦笑いしていると、横に居たアドルフが、


「未悠、ちょっと来い」

と低い声で言ってきた。




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