ユーリアの告白


「実は、私はアドルフを出産したとき、意識が朦朧もうろうとしていて。

 産み終わってしばらく、意識がなかったのです」


 そんなことをユーリアは語り出した。


 出産ってやっぱり大変なんだな、とまだ経験のない未悠は思う。


 ユーリアは少し迷いながらも、続きを口にした。


「この国では王の血筋に双子が産まれることは、不吉とされているのです。

 おそらく、王位をめぐる争いが起こるからでしょうが。


 アドルフが産まれて数年経ったとき、大神殿の巫女様が身罷みまかられました。


 老衰で」


 その言葉に、堂端が重々しく頷きながら言う。


「巫女というから、一瞬、若い娘を想像してしまったが、老婆だったのか」


「ああ、日本だと未婚の若い女性が多いですからね」

と未悠は相槌を打ったが、堂端は、


「そうだな。

 てっきり、ツインテールで童顔の娘だと思っていた」

と言う。


「……その巫女さんは、またなにか違う巫女さんだと思いますよ」


 真面目に経済でも語るような口調で言ってくるの、やめてください、と未悠は思っていたが。


 幸い、ユーリアはツインテールで童顔の巫女がどんな感じのものなのかわからなかったらしく。


 おかしな顔をされることもなく、話は続いていった。


「この国の大神殿の巫女はひとりしかおりません。

 絶大な力を持つ巫女が死んだら、新しい巫女に力が宿るのだと言われています。


 その巫女が死に際に語ったらしいのです。

 ひとつ、気がかりなことがある、と」


「気がかりなこと?」


「その巫女の代に、王の血筋のものに双子が産まれ、古来よりの習わしに従い、後から産まれたものをとある場所に放置したと。


 そのようにすると、その子は美しい神の国に連れていってもらえるという言い伝えがあるらしいのです」


「なにか美しく言い換えているだけで。

 争いの許になりそうな子どもを危険な場所に放置して、獣などに襲わせているのではないですか?」

と堂端が王妃が卒倒しそうなことを言い出す。


 だが、王妃も巫女もそう考えていたようだ。


「そうなのです。

 巫女様はずっとそれを不安に思っていたそうなのです。


 ほんとうに、その子は神の国に行けたのだろうかと。


 習わしに従い、三日後にその場所に行くと、赤子は消えていたそうなので」


「赤子なら、三日も放置されたら死んでるかもしれませんね」


「堂端さん~っ」


 次々厳しい現実を突きつける堂端をたしなめるように未悠は見上げた。


 他人の子どもの話と思って聞いても胸が痛むのに。


 ……王妃はおそらく、それが自分の子どもの身に起きたことではないかと思って話している。


 何故なら、最初に彼女はこう言ったからだ。


『私はアドルフを出産したとき、意識が朦朧としていて。

 産み終わってしばらく、意識がなかったのです』

 と。


 つまり、自分が双子を産んでいたとしてもわからない、と彼女は言いたいのだ。


「いにしえの習わしについては、もう忘れられている部分もあるらしく。

 巫女様は悩んでいたようなのです。


 もしかしたら、そこに放置して、捨てたという形を取ることで、誰かにその子を拾わせ、その者を養い親にするなどの手続きが必要だったのではないかと。


 巫女様はお亡くなりになる二年くらい前から、少しボケておられて。


 そのような話を身の回りの世話をするものに、もらしておられたようなのです。


 私が訪ねていったときも、

『ユーリア、あの子はどうしているだろうね』

と私に訊かれて。


 私の大叔母に当たられる方だったので」

とユーリアは目を伏せる。


「私は、私に巫女様がそう訊いてきたことに、どきりとしました。

 いえ、たぶん、私がたまたまそこに居たからだったのだろうとは思いましたが。


 もしかして、王の血族の双子とは、アドルフのことだったのではと疑いました。


 私は双子を産んだとは聞かされませんでしたが。


 それはその子をそんな目に遭わせると聞いたら、私が反対すると思ってのことではないかと思って。


 ……でも、なんの証拠もなく。


 年月が経つうちに、そのことは忘れていたのですけれど。


 未悠、貴女に、アドルフそっくりな兄がいると聞いて、少し気になったのです」


「神の国に飛ぶというその場所――」


「そうだな。

 あの花畑なんじゃないのか?」

と未悠の言葉に続けて、堂端が言う。


 確かに、美しい神の国につながっていそうな花畑だ。


「三途の川でもあれば完璧な感じですよね」

と呟きながら、未悠は思い出していた。


 こちらの世界に来たばかりの頃、エリザベートがあの花畑にはいろいろと噂があると言っていたことを――。


「あそこは双子の片割れを神の国に飛ばすための花畑だったんですかね?」


「飛ぶのは双子だけなのか?」

と問う堂端に、


「……確かめてみましょうか。

 誰でも飛ぶのかどうか。


 誰かあそこに――」

と言いかけた未悠は、ユーリアと目が合った。


「ヤンとか」

と二人で同時に言ってしまう。


 ヤンが聞いていたら、ひーっ、と悲鳴を上げていることだろう。


 いや……ラドミールだとうるさそうだし。


 リチャードだと喜んでいきそうだけど、向こうで犯罪シンジケートのボスにでもなってそうで怖い。


「ともかく、もう少し情報を集めてみますね」

と言って、未悠は堂端とともに王妃の間を出た。


 なんだかんだで、また、アドルフ様との婚約のあかしになる指輪をもらいそびれてしまったな、と思いながら。





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