小箱の秘密



 未悠はユーリアに頼み、あの小箱を見せてもらっていた。


「そうそう。

 そもそも私はこの指輪を貴女にあげようと思っていたのよ」

と言いながら、ユーリアは細かい細工の施してある金の小さな箱を出してきた。


 王に隠し子が居たかもしれないと思ったせいで、そんなことは、ケロッと忘れていたようだが。


 まあ、それも王を愛している証拠だろうと未悠は思う。


 渡された小箱を試しに未悠が、ぱかっと開けてみると、ユーリアはやはり、嫌な顔をした。


 なにやら、自分の夫の不貞の証拠を突きつけられている感じがするのだろう。


 いやいや。


 私は王の子ではないと思いますけどね、なんとなく、と思いながら、未悠はユーリアに言った。


「王妃様、この方はシリオ様にそっくりですが。

 堂端さんという私の世界の人なんです」

と堂端を紹介する。


「私が開けられたのは、単に異世界から来た人間だからかも、という話が出てましたよね、あのとき。

 今、此処に私以外の異世界の人間が居ます」


 確かめるなら、今です、と未悠はユーリアに言う。


 その言葉に、ユーリアは顔を明るくする。


 それが真実なら、王を疑う必要はない、と思ったからだろう。


「わかりました。

 では、その男に箱を渡しなさい」

とユーリアは言う。


 未悠は堂端に箱を渡した。


 堂端は、なんなんだ、という顔をしながらも、それを手に取る。


 二人の女に期待を込めた眼差しで見つめられ、引き気味になりながらも、堂端は開けようとしたが、開かなかった。


「堂端さんっ、壊す勢いでっ」

「堂端とやら、そんなもの叩き割っておしまいなさいっ」


「……なにか初めの趣旨と違わないですかね?」


 ただこの小箱を抹消したいだけのような、と呟いたあとで、堂端は二人に、


「これ――


 踏んでみてもいいですか?」

と訊いてきた。


「……さすがに駄目でしょう」

と未悠は言った。


 王妃的には、もう踏んで割ってもいい感じだったが。


 未悠とユーリアは溜息をつく。


「違いましたね」


「やはり、お前だけに箱が開けられるのは、なにか違うわけがあるのでしょうね」


 そうユーリアは元気のない声で言う。


 余計なことをしてしまったようだ、と未悠は思った。


 ユーリアがまた考え込んでしまったからだ。


 だが、確かに気になる、と思い、小箱を見つめる未悠に、ユーリアが言う。


「そういえば、もし、貴女が王の隠し子なら、もともとは、こちらの世界の人間なわけよね。

 だったら、箱を開けられることと、異世界の人間であることの間には、因果関係はないわけよね」


 そう寂しそうに言うユーリアは、また王を疑い始めているようだった。


 だが、未悠は、まずいことをしてしまったと思うと同時に、どきりとしていた。


 そうなのだ。


 自分も社長も堂端も、実の親が元の世界に居ない。


 王の隠し子かどうかは、ともかくとして。


 もしかして、自分たちは元々、こちら側の人間だから、なにかの切っ掛けで、飛んで戻ってきてしまうのではないだろうか。


 そう考えながら未悠は言った。


「王妃様。

 確かに私たちは、こちらの人間なのかもしれません」


 堂端が、え? と未悠を見る。


「でも、私とアドルフ様が兄妹というのは違う気がします。

 そうだといい、という希望ではなくて」

と言うと、ユーリアが顔を上げた。


「実は私には、アドルフ様そっくりの兄が居るんです」


 その言葉に堂端が目を見開く。


 お前、ついに、社長を兄と認めたのかという顔だった。


「いえ、兄とは知らずに出会ったんですけど。

 あの人と居ると、たまにわけもわからず、イラッとするときがあったんです。


 かんさわるというのか。


 あれって今思えば、身内で血が近過ぎるせいだったのかもしれないと思うんですよ。


 そういうのってあるじゃないですか」

と言うと、ユーリアもなにを思い出しているのか、わかるわ、という風に頷いた。


「でも、兄と同じ顔なのに、アドルフ様だとそういうのはないんです」


 最初の頃、社長にそっくりだ、という理由で落ち着かない顔だと思ってはいたが。


 性格も全然違う、別人だ、と認識してからは、特に、イラッと来ることはなかった。


 そんなことを考えていたとき、なにかが引っかかったのだが、思い出せない。


 なんだろうな、と思いながらも未悠はユーリアに言った。


「私とアドルフ様と兄との間には、なにか繋がりがあるのかもしれませんが。


 兄に感じるあのイラッと感がないアドルフ様は、私の兄弟ではない気がします。


 まあ……ただの勘ですけど」


 未悠、とユーリアが手を取ってくれる。


「わかりました。

 ありがとう、未悠。


 話してくれて。


 でも、アドルフそっくりの兄が居るというのは気になりますね。


 年の頃はアドルフと同じくらいなのですか?」


「そういえば、アドルフ様のお年を存じあげませんが。


 見た感じ、兄の方が少し上のような気がしますね。


 でも、我々が飛ぶとき、必ずしも時間の流れが同じではないな、という感じなので、実際、どちらが上なのかは、よくわかりませんが」

と言うと、ユーリアが、


「では、アドルフと同じ年ということもあるのですね」

と念を押すように言ってくる。


「そうかもしれませんね」

と未悠が言うと、


「……実は、ひとつ気になっていたことがあるのです。

 貴女がアドルフと兄妹ではない、と言ったこととは矛盾するのですが」

とユーリアは少し厳しい顔で口を開いた。





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