何故、此処にっ!?


 

 そのあと、未悠はこの国のことを学ぶために、エリザベートが手配している家庭教師に勉強させられていた。


 うう。

 この年になって、講義を受けるはめになるとは……と思いながら、淡々と国の歴史を読み上げる伯爵夫人ゾフィーの話を聞いていたのだが、窓の外をひょこひょこ動く影がある。


 なんだ?

と未悠が見ると、白い手が覗いた。


 ホラーか、と思ったのだが、どうやら庭から誰かが手招きしているようだった。


「……ゾフィー夫人。

 ちょっとアドルフ様がお呼びなので、行ってもいいでしょうか?」


 は? という顔をゾフィーはした。


 当たり前だ。


 何処から使者が来たわけでもなく、いきなり言い出したのだから。


「今、アドルフ様からの合図が聞こえたのです」


 何処に? という顔で、ゾフィーは目だけで辺りを窺う。


 大丈夫か、この娘、と思っているのだろうが、仮にも次期王子妃なので、迂闊うかつなことは言えないのだろう。


「犬笛です」

と未悠は言った。


「人には聞こえない笛です」


 人に聞こえないのなら、お前にも聞こえないだろう、という顔をゾフィーはしていたが、アドルフの名を出したこともあってか、突っ込んではこなかった。


 ゾフィーはひとつ溜息をつき、

「……では、今日は此処までで」

と苦い顔をしながらも言ってくれた。


 エリザベートに言い含められているのかもしれないな、と思う。


 たぶん。


 あの娘のおかしな言動に関しては、気にせずに諦めろとか――。




 外に出ると、シーラが居た。


「待っていましたわ、未悠」

と果たし合いか、という口調で言ってくる。


「ちょっといらして」

と言われ、庭から連れ出された。


 そのまま、あの生け垣の穴を抜け、山の方へとシーラは導く。


「珍しいじゃない、シーラが自ら此処を抜けるなんて」


 そう言ってみたのだが、シーラは沈黙している。


 少し歩いていて気がついた。


 これ、あの花畑の方じゃないかな、と。


 林の中を進むと、やはり、そこに出た。


 だが、いつもとは違うものが花畑にある。


 木にくくりつけられている男だ。


「……シリオ……


 じゃ、ない。


 堂端どうばしさんっ?」

と未悠は声を上げる。


 何故、堂端さんが此処にっ? と思っていた。


「此処に不審な男が居たので、捕らえてみましたの」


 シーラの従者らしき男も木の側に居る。


「おかしなものが現れたら、まず未悠、ですわ」


 どんな理由で連れてくるんだ……。


 いや、今回ばかりは連れてきてくれてよかったんだが、と思いながら、未悠は、困った顔でこちらを見上げている堂端を見た。





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