お前の目は愛でくもっている

 


 未悠が外に出ると、何故かアドルフが柱の陰からこちらを窺い見ていた。


 その様子に、


 王子……。


 どうしたんですか、王子。


 ちっとも王子らしくないご様子ですが。


 まるで、いじけたスパイみたいですよ。


 いや、この人、かなりの確率でこんなだが。


 まあ、こういう人だから、気になるんだろうな、と思いながら、未悠が、ひょい、とそちらを覗くと、アドルフはビクつく。


「どうされたんですか? アドルフ様」

と訊くと、少し迷ったあとで、アドルフは真剣に訊いてきた。


「未悠、お前が異世界から持ち帰ったものは媚薬なのか?

 全部、エリザベートに渡してしまったのか?」


 王子よ。

 何故、そんなものに興味を示すんですか。


 っていうか、何処の女に飲ませやがるおつもりなんですか、と思いながら、


「……誰に飲ませるつもりなんですか、媚薬」

と訊いてみた。


 すると、アドルフは、

「お前に決まってるだろう」

と堂々と言ってくる。


「あのー、そういうのって、ひっそり飲ませるものなんじゃないんですかね……?」


「いや、持ってきたの、お前だし。

 第一、ひっそり飲ませるのはなんだか卑怯じゃないか」

と言うので、笑ってしまう。


「貴方という人は、なにか公明正大すぎて、実は王様に向いてないんじゃないかって、時折、思うんですよね」


 うっかりそんなことを言って、離れた位置から見ていたラドミールに、こらっと目だけで叱られる。


 そうだ。

 この呑気な国にも王家をよく思わない連中や、自分が王になりたい奴が居るかもしれないもんな。


 発言には注意しないと。


 だが、まあ、今のところ、アドルフの王位継承の邪魔をできそうなのは、王になりたくないシリオくらいしか居ないようなのだが。


 だが、そう思った瞬間、なにかが頭に引っかかった。


 頭の中で勝手に自分が今言った言葉が反芻される。


『貴方という人は、なにか公明正大すぎて、実は王様に向いてないんじゃないかって、時折、思うんですよね』


 予感というか、直感というか。


 自分の中で、なにか物凄く気になることがあるのだが、わからない。


 そんな感じだった。


 なんとなく、窓の外を見ると、あの塔が見えた。





 王子が一生懸命話しておられるのに、何処を見ているのだ、この莫迦娘は、と思いながら、ラドミールは二人の語らいを邪魔しないよう、離れた位置から監視していた。


 不器用なアドルフ王子が一生懸命、未悠に早く結婚したい旨を伝えているようなのだが。


 未悠はなにが気になるのか、人の話も聞かず、ぼうっと塔を見ている。


 途中で切れたアドルフが、

「ともかく、早く式をやるぞっ」

と叫んで初めて、未悠はアドルフを振り返った。


「ええっ。まだ帰ってきませんよ、王妃様っ」


「母上がよくない結果を持ち帰る前に既成事実を作りたかったのに、お前が乗ってこないからだ」


「いやいや、なんで、よくない結果と決めつけるんですかっ」

と未悠は反論しているが、アドルフは、


「もし、俺とお前が兄妹なら、母親を足止めせねばな。

 そうだ。

 事実を知る王は事故に見せかけて――」

と怪しげなことを口走り始める。


「王子、そのようなこと、私、探偵として見過ごせませんが」

と言う未悠にアドルフが、


「お前は王子妃候補だろうが。

 いつ探偵になった」

と言い返している。


 ……なんなんだろうな、この二人。


 というか、全然、公明正大じゃないじゃないか、王子。


 未悠、お前の目は愛でくもっている、と思いながら、ラドミールは未悠たちを眺めていた。



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