いりませんよ。ええ、本当に……



 誰かが私を覗いている……。


 いつものように女中頭から報告を受けていたエリザベートはおかしな気配を感じていた。


 見ると、開いている扉から、未悠が覗いている。


 最初はドレスを着せると、重そうな感じだったのに、最近では、ずいぶん身軽に動けるようになっているようだ。


 ……まあ、身軽に動いて、ロクなことをしないのだが。


 未悠はひょこっと顔を出しては、またひょこっと隠れる。


 なにかのタイミングを待つかのように。


 エリザベートは溜息をつくと、女中頭の話に合わせて確認していた帳面を閉じ、

「今日はもういいわ。

 下がりなさい」

と言った。


 女中頭も未悠に気づいていたらしく、そちらを気にしながらも、軽くお辞儀して下がっていった。


 扉の向こうで隠れている未悠にも頭を下げ、去っていく。


 それから、苦笑いした未悠が現れ、

「エリザベート様、ただいま戻りました」

と言う。


 まったく、とエリザベートは溜息をつく。


 勉強すると言って消えた未悠が城を抜け出したのはわかっていた。


「未悠様、どちらにいらっしゃってたのです?」


 そう問うと、未悠は挙動不審な感じに辺りを見回したあとで、見たこともない薄いが頑丈そうな袋から、派手なピンク色の箱を取り出してきた。


「エリザベート様に、ぜひ、これをと思いまして」


「なんです? それは」

と胡散臭げに見ながら問うと、未悠は声を落とし、


「デートのときに役立つものです」

とひそひそと言ってくる。


 思わず、

「……媚薬じゃないでしょうね」

と言って、


「媚薬の方をお望みでしたか……」

と意外そうに言われてしまった。


「いえ、そういうわけではありませんが」

とエリザベートは多少赤くなりつつ、否定する。


 デートに役立つなどと言うものだから、つい、そう言ってしまっただけだ。


「いえ、これはですね。

 若返りの薬です」


「そんな怪しいもの飲めません」


「まあ、気休め程度かもしれませんが。

 飲むと、肌が若返ると各企業が言っています」


「カクキギョウってなに?」


「ともかく飲んでください」

と言われたが、そんな胡散臭いもの飲む気にはなれない。


 だが、未悠が一生懸命なのは伝わってきた。


「気持ちは嬉しいです、未悠……未悠様。

 ですが、別に私が若くなくともハードランド伯爵は気にしないと思います。


 そもそも、若い娘が好きなら、私になど求婚しないと思うのです」


「そうですか」

と未悠はホッとした顔をした。


「……そうですね。

 余計なお世話でしたね」

と微笑んだあとで、


「エリザベート様、お幸せに」

と言ってくる。


「でもあの、もしかして、結婚したら、お城から居なくなっちゃうんですか?」

と未悠は寂しそうに訊いてくる。


「まだ結婚とかいう話ではありません。

 それに、心配ごとが多くて辞められません。


 第一、貴女の式のお世話は私がするつもりですしね」

と言うと、未悠は、


「エリザベート様っ」

と言って手を握ってくる。


 その温かさを感じたとき、異世界から来たとかいうこの娘が自分にとって、なくてはならない存在となっているのに気がついた。


 未悠が居ないとなんとなくつまらないし。


 第一、莫迦な子ほど可愛いと言うではないか、と次期王妃に向かって、失礼この上ないことを思う。


「では、失礼致します、エリザベート様」

とこれだけは出会った最初から素晴らしいお辞儀をして、未悠は去っていく。


 もともと姿勢もいいし、肝がすわっているので、堂々として見える。


 まあ、これなら、国民の前に出しても恥ずかしくないかと我が子を見守るように未悠を見ていた。


 ま、それも、口をきかなければの話だが、と思いながら、扉から出ようとしていた未悠を呼び止める。


「未悠様」


「はい」

と振り向いた彼女に、


「……それは置いていきなさい」

と若返りの薬を持って帰ろうとした彼女に言う。


「……はい」

と言って、未悠は笑いながら、箱を手に戻ってきた。




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