化粧品もついでに買おう
あっ、そうだ。
化粧品もついでに買おう。
ドラッグストアを出てスクランブル交差点を歩いていた未悠は、ふと思いつく。
コラーゲン買っても、少しお金は残っているし、プチプラ化粧品なら買えるはずだ。
安いものでも、最近のは質がいいらしいしな。
向こうの世界の、ぱふぱふと粉をはたくだけの化粧品より、こっちの世界のリキッドファンデーションとかの方がエリザベート様には、しっとりしていいんじゃないだろうか。
「何故、私には、しっとりする化粧品の方がいいと思うのです」
とエリザベートに突っ込まれたら、沈黙するしかないことを思いながら、未悠は、今更、ドラッグストアに戻るのもなんなので、手近にあったコンビニに入った。
サイズは小さいけど、可愛いのが多いなーとなんだか楽しくなって、いろいろと買ってしまう。
ケースが素敵なリップやファンデ。
普段、使ったことのないアイライナーやネイルまで買い込んだ。
ちっちゃくて可愛いかったからだ。
普段買わないものを買うのは楽しい。
よしよし、急ごう、と未悠は満足してバスに乗り――
電車に乗り、バスに乗って、あの花畑へと向かった。
……車がないと不便な場所だな、とバス停に降り立った未悠はつくづく思う。
海沿いの町は、駿と訪れた日と同じように、強い潮の香りがしていた。
あの日訪れた定食屋が見えたが、いやいや、今は、そんな場合ではない、とそこからまた、えっちらおっちらと山を登る。
二時間したら、パチンしてくれとタモンには頼んだが、あっちの世界の二時間とこっちの世界の二時間は同じではない。
かなりランダムだ。
だが、だからこそ、行けるのではないかと思っていた。
この花畑に到着しておけば、そのうち、パチンのタイミングが来るのではと。
タモンが薄情でなければ、自分が戻ってこなければ、何度か、パチンと鳴らしてみてくれるに違いないからだ。
……薄情でなければ。
あの花畑についた未悠は、ふう、と息をつく。
なにもない森の中。
街中でもよく聞く鳥の声だけが、時折、聞こえてくる。
「……寝袋とか食料とか持ってきてた方がよかったかな」
と未悠は呟いた。
なかなか、パチンと鳴らないかもしれない。
何十年も経ってから、タイミングが合ったら、どうしたらいいんだ。
そして、戻ったとき、みんながもう墓の中に入っていたら、どうしたら――。
出て来るときは、勢いで出て来てしまったが、戻るときは、考えなしの未悠でも少しは冷静になっているので、不安になる。
「あ、そうだ。
自分で鳴らしてみたらどうだろう」
シリオでもタモンでも飛ぶようだから、自分でも行けるかも、と指をパチン、とやりかけたとき、
ぱち……
ん……
と高い音が響いた。
花畑だ。
シバザクラじゃない。
一面の花畑。
周囲を囲んでいるのは森だった。
さっきまでの人工的に斬られたり植えられたりしたような森じゃない。
深い深い――
魔王の城でも、ひょっとその辺にありそうな森だ。
「王子、やめてくださいっ」
とヤンの声が聞こえてきた。
見ると、今、まさに、パチン、としかけているアドルフがヤンとともに居た。
近くには馬も居る。
そちらを見た未悠は笑って言った。
「鳴らさないでくださいよ」
アドルフがこちらを見て、あ……という顔をする。
「また鳴らしたら、また戻っちゃうじゃないですか」
そう言いながら、未悠が近づいていくと、アドルフは、何故か、赤くなって少し後退しながら、
「いや、なかなかお前が戻らないから。
タモンは一回やっただけで、また明日にしようとか言い出すし」
となにか弁解っぽいことを言ってくる。
「アドルフ様は、ずっとここで指を鳴らしていらしたんですよ」
と笑いながら、ヤンが教えてくれた。
うーむ。
タイミングが悪ければ、戻った私が王子に声をかけようと、
「ア……」
と言った瞬間、向こうに戻るとこだったな、と苦笑いしながらも、未悠はやさしくアドルフに訊いた。
「……指、痛くないですか?」
そっとアドルフの手に触れると、アドルフは赤くなった親指と中指を隠すように拳の中に握り込み、
「痛くない」
と言う。
ふふ、と笑った未悠の荷物を見て、
「……重そうだな、持とう」
とアドルフは言う。
「ありがとうございます」
と未悠は素直にアドルフに荷物を渡した。
離れた場所に居る馬に向かって歩き出すアドルフの背中を見ながら、
「ありがとうございます」
と繰り返すと、
「なにがだ」
と振り向かないまま言われる。
「私を呼び戻そうとしてくださってありがとうございます。
荷物も持ってくださってありがとうございます」
「惚れ直したか」
と言われ、
「はい」
とあっさり言うと、アドルフは赤くなったようだった。
後ろから見える耳まで赤い。
そのとき、ヤンが、
「重そうですね、アドルフ様。
お持ちしましょうか」
と気を利かせて言ってきた。
だが、アドルフは、
「未悠がお前に惚れたらどうする」
と言って、荷物を渡さない。
いや……荷物持ってくれたら、誰にでも惚れ直すわけじゃないですからね~と思いながら、未悠は二人の後をついて行った。
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