まだ居たのか

 



「堂端さん」


 社長室から出てきた堂端に、未悠が呼びかけると、

「まだ居たのか。

 社長が追いかけてくるぞ」

と堂端は言ってくる。


「社長にはご内密に……。


 それと、すみません。


 すぐにお返しますので、お金を少々貸してくださいませんか?」

と言うと、


「いきなり異世界に飛んだり戻ったりするやつの、すぐっていつだ」

と溜息をつきながらも、堂端は、懐から長財布を出し、


「幾らだ」

と訊いてくれた。


「えーと、すみません。

 二、三万とかありますか?」


「あるに決まってるだろ。

 社会人なのに」

と言われ、


「……では、社会人ではなかったわけですね、私は」

と未悠は答える。


 ほら、とすぐに堂端は金を貸してくれた。


 口うるさいが面倒見がいいところもシリオと似ているな、とそのとき思った。


「でも、ちょっと多すぎですよね」

とその札を手にしながらも、申し訳なく未悠は言った。


「社長に言って、すぐに返してもらってください。

 あの人、私の荷物持ってるので、通帳も印鑑もヘソクリも持ってるはずです」


 というか、財産すべて差し押さえられているので。


 仕方なく、社長の忠実な部下である堂端に、主人の尻拭いをさせるかのように借りてしまったわけなのだが。


 まあ、申し訳ないことには違いない、と思っていると、堂端は、ふうんとこちらを見たあとで、

「ずいぶん社長に対して、遠慮がなくなってきたな」

と言ってくる。


「普通だったら、男女の関係に発展したのかと思うところだが、違うな。


 王子がどうとか、前言ってたが。

 新しい男との関係が進んで、社長をすんなり兄だと思えるようになったのか?」


 堂端に言われ、自分で、なるほど、と思ってしまった。


 いや、王子との関係は進んでないうえに、あっちにも兄疑惑が持ち上がっているのだが、自分の気持ちが王子に向かって進んでいるのかもしれないな、と未悠は気づいた。


「堂端さん、相変わらず、冷静ですね。

 いきなり、社長と兄妹だとか、異世界に飛んでるとか聞かされても」


「前回、それを聞いてから、少し時間が経ってるからな。

 っていうか、もう理解の範疇を超えているので、なんていうか。


 お前の話は、訳のわからんことを言い出すクライアントの話と同じかなと思って。


 ああ、そうですねー。

 そうですねー、と言って、流すことにしている」


 そんな薄情なことを言われたが。


 まあ、逆に、そう割り切ってもらえるのも助かるな、と思っていた。


「ありがとうございました、堂端さん。

 社長をよろしくお願いします」

と深々と頭を下げたあと、未悠はコラーゲンを買いに、街に出た。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る