とりあえず、それがいるんですよ~っ




海野うんの……」


 会社に着くと、猛ダッシュで社長室のあるフロアに向かい、未悠は駆けていった。


 途中で、堂端尊どうばし たけるとすれ違って、名を呼ばれた気がするが、そのときには、もう社長室のドアをノックしていた。


「未悠ですっ。

 あっ、違ったっ。


 海野ですっ」


「どっちでもいい、入れ」

と駿の声がした。


 アドルフとよく似ているが、アドルフよりは落ち着いた声だ。


 いや、アドルフが落ち着きがない、と言っているわけではないのだが……。


 いつものように窓を背にしてデスクに居る駿がノートパソコンから顔を上げ、

「どうした、妹よ」

と言ってきた。


「……どうしたんですか、社長」

と言うと、


「いや、ただのヤケクソだ」

と言い、駿は立ち上がる。


「社長。

 消えた私の荷物は何処ですか」


「俺の部屋だ」


「……なんでですか」


「なんでって、兄妹じゃないか。

 一緒に暮らそう」

と駿は、しらじらしいことを言い出す。


「お互い結婚するまでの短い間かもしれないが。

 兄妹仲良く暮らすのも悪くないだろう」


「あの~。

 ものすご~く、身の危険を感じるのは気のせいでしょうか?」

と後退しながら未悠が言うと、


「意外と勘がいいな」

と駿は言う。


「いや、お前が妹かもしれないとわかったとき、お前のことは諦めるべきだと思ったんだが。


 お前、あの俺そっくりだが、ちょっとぼんやりとした王子とやらが気に入ってるんだろう」

と言われ、ぎくりとする。


「こっちに帰ってから、


 たぶん、そうなんだろうな。

 あいつの好み、この顔だからな、とか思ったら、無性に腹が立ってきて。


 お前を俺と同じ顔の男にくれてやるのが惜しくなったんだ。


 そうだ。

 別に兄妹でもいいじゃないか。


 誰も知らないし、と今は思っている」


 なんだろうな……。


 似てないようで、似てるな、この二人、と未悠は思っていた。


 二人とも、悩んで騒いで、人を巻き込んだ挙句に勝手に結論を出す。


 それもロクでもない結論を――。


 だったら、いっそ、最初から悩まないでくれと言いたくなるのだが。


「それはともかく、社長」

と未悠は此処に戻ってきたわけを思い出し、自分から、ずい、と前へ出た。


「それはともかく……?」

と大問題を丸投げにする未悠に眉をひそめながら、駿が呟く。


「コラーゲンですっ」


「コラーゲン……?」


「私、コラーゲン、取りに帰ってきたんですよっ。

 あるいはスッポンッ!」


 プリーズッ、くださいっ、と言わんばかりに、未悠は、駿に向かい、両手を差し出す。


「ずいぶん簡単に行ったり来たりできるようになったものだな」

と言う駿に、


「嫌味なら、今度ゆっくり聞きます、社長っ。

 いや、お兄様っ」

と兄妹であることを強調するように、そう言ったあとで、


「私、コラーゲン買って、すぐに帰らないとっ。

 急いでるんでっ。


 すみませんが、荷物は、そのまま置いておいてくださいっ」


 じゃっ、と言って、去ろうとすると、


「しかし、お前、急いで帰って、ちゃんと元の場所、元の時間に出るのか?」

とその背に向かい、駿が言ってくる。


 うっ、と未悠は足を止めた。


「王子も年老いて死んでたりしてな」


「社長~っ」


 今、一番恐れてることを~っ、と思いながら振り向いて睨むと、

「それで、俺の許に戻ってこようとしても、俺ももう別の女と家庭を築いているかもしれないぞ」

と脅すように言ってきたあとで、


「まあ、いい」

と駿は言う。


「お前は必ず、此処に帰ってくるから」

と言って、何故か自信ありげに笑っている。





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