さあっ、お早くっ!


 翌朝、未悠が見たエリザベートはなにかが違っていた。


 肌がいつもよりちょっと輝いていて。


 ドレスの色がいつもよりちょっと明るめで。


 髪型がいつもとちょっとだけ違っていた。


 ただそれだけの違いだったのだが。


 だが、そのちょっとずつの違いが積み重なって。


 あれ?


 いつもと同じ感じなのに、なんだか、エリザベート様、綺麗、という目でみんなが見ていた。


 まあ、もともと綺麗な人だしなあ、と思っていると、未悠に従って歩いていたエリザベートが少し未悠の後ろに隠れ気味になる。


 未悠の方が身長はあるが、横幅がないので、隠れられるわけもないのに。


「どうしました?」

と振り向き、未悠が訊こうとしたとき、ちょっと渋みのある年配の男が向こうからやってくるのが目の端に見えた。


 ハードランド伯爵だ。


 エリザベートは少し視線を伏せるようにしている。


 ハードランド伯爵は未悠に挨拶をしたあとで、その陰に隠れているエリザベートに向かい、軽く笑顔を見せていた。


 ……なんだろう。


 可愛いな、エリザベート様、と一応、王子妃らしく――


 いや、まだなってはいないのだが。


 しずしずと歩きながら、未悠は思う。


 うーむ。

 エリザベート様に、ぜひ、なにか協力して差し上げたいっ、と思ったとき、エリザベートが若い娘たちが庭で楽しげに話しているのを見ているのに気がついた。


 どうやら、娘たちの華やかな装いを見ているようだった。


「エリザベート様。

 いつぞや、宝石と白い羽根のついた髪飾りを私に貸してくださいましたよね?」


 そう未悠はエリザベートに言った。


 最初にエリザベートに身支度をしてもらったときに借りたあの髪飾り。


 あの上品で落ち着いた風合いは、今のエリザベートにも似合うのではないかと思うのだが。


 そう言ってみても、エリザベートは、

「いえ、私など。

 あれは娘時代、タモン様にお会いしていた頃につけていたものですから」

と拒んでくる。


 そうか。

 タモン様と会うときに……。


 ならば、尚更、今のいい記憶で、その飾りにまつわる思い出を塗り替えた方がよそうなんだが。


 でもなあ、あんまり、首を突っ込んでもうざがられそうだし。


 かと言って、せっかくエリザベート様が恋に前向きになっていらっしゃるのに、なんの手助けもしないというのもな。


 王妃様など旅先からわざわざ衣装の保管庫の鍵を送ってこられたというのに、と思った未悠は、ぴたりと足を止めた。


「ちょっと私、勉強してまいります」


 は? と唐突な未悠の申し出にエリザベートが目をしばたたく。


 昔よく使った手だ。


 親がうるさいことを言ってきたとき、勉強すると言って、部屋にこもって漫画を読んでいた。


「王室のことが学べる本を昨夜、王子からいただいたのです。

 ちょっと読んでまいりますっ」


 そう言いながら、こちらに来てから出会えていない育ての親と、酒場の夫婦のことを思い出していた。


「では、勉強してまいりますっ」

と部屋に駆け戻った未悠は、衣装部屋の奥から服を引っ張り出してきた。


 それに着替えたあとで、やはり奥にあった薄手のマントを羽織り、タモンを探す。


 タモンは、リコと図書室で談笑していた。


 どうでもいいんだが、やっぱり、今回はなかなか眠くならないようだな、とタモンを見ながら、未悠は言った。


「タモン様っ、パチンしてくださいっ」


 は? とタモンとリコがこちらを見る。


 未悠はアドルフやシリオに見つからないよう、何度も後ろを振り返りながら言った。


「パチンしてくださいっ。

 叩けって意味じゃないですよっ。


 指をパチンッ、ほら、早くっ。


 そして、30分。


 いや、2時間したら、もう一回パチンしてくださいねっ」


 忘れないでくださいよっ、と念を押すと、タモンは、


「未悠。

 あちらの世界に帰る気か?」

と訊いてくる。


「ちょっとですっ。

 ちょっとの間だけっ。


 エリザベート様のためにとってきたいものがあるんですっ。


 さあ、お早くっ。


 はいっ」

と勢いよく言うと、タモンはその勢いにつられたように、



 パチン……、と指を鳴らした。






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