やっぱり、どっちが主人かわからないっ


 深夜、みんなが寝静まったあと、未悠は、エリザベートの後をつけていた。


 エリザベートはそっと自室を出ると、小さな鍵を手に、何処かへ行こうとしている。


 ランプを手に、そっと階段を歩くエリザベートの姿は、拷問器具の置いてある地下の秘密の小部屋にでも下りて行きそうな雰囲気なのだが、エリザベートは城の石段を上へと上がっていった。


 ん?


 このフロアは……と未悠はエリザベートの進む先を見つめる。


 そこは、王族の部屋のあるフロアのひとつだった。


 あれは……王妃様の部屋? とエリザベートが足を止めた豪奢な装飾の施してある扉を未悠は見る。


 エリザベートは、迷いなく、王妃の部屋の扉を開け、入っていった。


 使用人たちが部屋の掃除をするので、扉の鍵は開いたままのようだ。


 ゆっくりと扉が閉まっていくので、未悠は慌てて、エリザベートの後を追って、中に滑り込んだ。


 状況を確かめもせず、侵入したら、見つかるかもしれないが、自分で扉を開け閉めしても、きっと見つかる。


 扉が大きいので、かなり軋む音がするからだ。


 王妃の部屋には呼ばれて入ったことがあるので、なんとなく家具や装飾品の位置はわかっていた。


 あの辺に、するっと隠れよう、とか算段しながら、中に入ったが、いい香りのする王妃の間には、誰の姿もなかった。


 あれ?

 エリザベート様?

と思いながら、未悠は足音をさせないようにして、広い部屋の中をそっと歩き回る。


 すると、パーテーションのように壁で、少し部屋が仕切られているのだが。


 その向こう側で人の気配がした。


 そっと覗くと、そちらにも扉があり、エリザベートはそこをあの小さな鍵で開けようとしている。


 未悠の使っている部屋も似た構造なので、わかる。


 あれは王妃の衣装部屋だ。


 いや、未悠の部屋のより、遥かに大きいので、衣裳庫とでもいうべきか。


 何故、王妃様は、エリザベート様に衣裳庫の鍵を?


 部屋は開け放してあるものの、衣裳庫だけは、高価な装身具などもあるので、鍵がかかっているようだった。


 エリザベートは気がはやるのか、押しあける形の扉をきちんと閉めないまま、中に入り、ゴソゴソしていた。


 未悠は、ひょい、と覗いてみる。


 いつもなら、すぐに未悠の落ち着きのない気配を察して、鋭い目で振り返るエリザベートが、今は、そこにあるものに夢中らしく、こちらに気づきもしなかった。


 ……エリザベート様は、センスはいいけど、自分の身を飾ることに関しては興味がないようだったのに。


 未悠は不思議に思いながら、エリザベートの様子を眺めていた。


 エリザベートは、王妃のドレスの中で、比較的落ち着いた色やデザインの物をおのれの身体に当ててみたり。


 整然と並べられた、美しく結い上げられたカツラを被ってみたり。


 ランプの灯りにきらめく深く青い色のアクセサリーを身につけてみたりしている。


 さすが王妃の品。


 そこらの貴族の持ち物と比べて、遥かに物がいいのが、遠目にもわかった。


 何故、王妃様は、この衣装庫の鍵をエリザベート様に?

と思ったとき、棚にあった髪につける色のついた粉を手にしようとしたエリザベートが、びくりとして、こちらを振り向いた。


「……未悠」


 ひいいいいいいいっ。


 エリザベートも油断していたが、未悠も油断していたようだ。


「なにをしているのです……」


 コツコツと靴音をさせ、こちらに近づいてくるエリザベートの冷たく威圧的な顔が、何故か、未悠の世界の有名な女殺人鬼。


 吸血鬼のモデルになったというエリザベート・バートリと重なる。


 若さと美しさを保つために、若い娘たちの生き血を浴びていたというエリザベート・バートリ。


 殺されるっ、と未悠は思ったが、手にしているランプの灯りに下から顔を照らし出されたエリザベートのあまりの迫力に動けない。


 腰を抜かして座り込んでいる未悠の前にしゃがんだエリザベートは、未悠と目線を合わせ、言ってきた。


「今見たものを話したら、お前を殺しますよ」

と王子妃候補の未悠に向かい、エリザベートは堂々と言い放つ。


 やっぱり、この人がこの城で一番怖い人だーっ、と未悠は思ったが。


 先ほど、いそいそと我が身を飾ってみていたエリザベートの可愛らしい仕草や表情も強く心に残っていた。


 とうは若く見えた気がする、と思いながら、未悠は訊いてみた。


「……エリザベート様。

 なにかいいことありました?」


 余計、死に目にあうかもしれないとわかっていて。



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