此処にも困った人が居る

 

 タモンの部屋から出た未悠は、なんとなく下に降りたところで、リコと出くわした。


 リコは折りたたみ式のゲーム盤を手にウロウロしていた。


 未悠を見つけ、

「未悠。

 私と一戦交えないか?」

と訊いてくる。


「もう寝たらどうですか?」

と苦笑いして、未悠は言ったが。


 どうやら、タモンに、こてんぱんにされて、なんとなくおさまらないらしい。


「お前なら、こてんぱんに出来そうだ」


「……そのような理由により、勝負したくないんですが」


 そう言いながらも、他にすることもなかったし、付き合ってやることにした。




 サロンの窓際の席に座り、向かい合って、盤上を眺めるが、ルールはよくわからなかった。


「リコ様は、何故、盗賊のような真似をされてたんですか?」


 夜も更けてくると、なんとなく人は身の上話をしたくなる。


 自分の方の事情はほとんど話してしまっていたので、未悠はリコにそう訊いてみた。


「リコでいい。

 それから、俺は盗賊のような真似をしてるんじゃなくて、盗賊だ。


 ……違った。

 トレジャーハンターだ」


 自分で間違えないでくださいよ、と思ったのだが、

「よく考えたら、今まで、なにも、トレジャーをハントしたことがなかった」

とクリスタルの駒を手にしたまま、リコは呟く。


 そういえば、最初に部下―― というか、お守り役みたいな人たちが、そう言ってましたね、と未悠は思い出す。


 廃墟の城のタンスに落ちてた銀貨を拾ったり、ご年配の女性に言い寄られて、ひどい目に遭って、また来てねーって金握らされたりしていたと。


 ……ひどい目ってどんな目なんだろうな、と思っていると、リコが言ってくる。


「ああそうだ。

 俺なんて所詮、お坊っちゃん育ちでぬくぬくとやってきた人間だ」


 人間って、夜は悲観的になったり、自虐的になったりするよなー。


 やっぱ、お日様の下の生き物なんだろうな。


 夜は早く寝なさいっていうのは、こういうことか、と思いながら、リコの告白を聞く。


「俺の母親は王の娘で、公爵の許に嫁いだ。

 だが、私の父親は公爵ではない」


 ……此処にも困った出自の人が。


「盗賊に襲われて、というか、母が自ら、それを望んだのだ。

 とんでもないジジイの公爵と結婚させられそうになって。


 だが、それでもいいとジジイが言って、結局、結婚させられた。


 黙っておればよいものを。


 親族たちが、あの枯れたジイさんとの間に子供ができるものかと、わあわあ言い始め、母があてつけ混じりに、ジイさんの親族にすべてをバラしてしまったんだ」


 それで、私の立場は微妙になった、とリコは言う。


「だが、結局、ジイさんとの間にも子どもができたんだ。


 ……そうだ。

 できたじゃないかっ。


 私が私の素性をバラされる意味はなかった!」

とリコは訴える。


「まあ、それはそれとして、妹は可愛い。


 だが、盗賊の血を引いたような、こんな訳のわからん兄が居るので、嫁入りも上手くいかないんじゃないかとみなが噂をするので、私は妹のために家を出ようと思った。


 だが、王が言ったんだ。


『私の妃にも妾にも、子どもができそうにない。

 妹が産んだリコに後を継がせよう』と。


 いや、待て、と思った。


 俺の父親は盗賊なんだが、と。


 だが、王は大事なのは血筋だ。

 リコは妹の子なので問題ない、とみなに言った」


 確かにそうだ。

 父親が誰であろうと、この場合、大事なのはリコが王家の血の引いているということだ。


「王様は親切でそう言われたんですかね?」

と未悠は言う。


「微妙な立場の貴方のために。

 父親が誰であろうと、この者は王にもなれる血筋の人間だと、みなに知らしめるために」


「……そうだったのかもしれんな。

 だが、その頃の私は、王の言葉にただ困り、ますます国を出たいと思ってしまった。


 実の父親とは表立って会うことはなかったが。


 夜中にふと、目を覚ますと、髭を生やした濃い顔の大男が自分を見下ろし、微笑んでいたことが何度かあって」


 怖いですよ……。


「あれが自分の父親なんだろうな、と思っていた。

 それで、母に胸の内を打ち明け、盗賊の父の許に旅立ったのだ。


 八つのときだ。

 楽しかったぞ、初めての冒険」


 へえ、と未悠は笑う。


「だが、盗賊の父は心配性なので。

 私は砂漠にある隠れ家まで、ずっと輿に乗せられ。


 供の者が何人も付いて歩いてたんだけどな」


 何処の大名行列だ。


 だが、外の世界に触れられたことがリコにとっては嬉しいことのようだったようだ。

 

「……実は、義理の父親のことも嫌いじゃない。

 絶対に自分の子ではない私のことも、実の娘と分け隔てなく育ててくれた。


 だからこそ、家を出たんだ。

 私のせいで、あっちの父まで悪く言われたら悪いからな」


「そうですか」

と未悠は微笑む。


「まあ、王にも迷惑はかけられないので、式典などのときには戻っているんだが」


 だから、あの公爵や王妃様は、リコの顔を知っていたのだ。


「いい人ですね、リコ様」


「私は……、

 俺はいい人ではないぞ」


 自分はいい人ではないと主張する人に、あまり言っても悪いので、

「そうですか」

と未悠は駒を動かす。


「待て。

 何故、そう来るのだっ」


「あれ? こう動かしてはいけませんか?」


「いや……構わぬのだが。

 お前の手は読めんな」


 うぬ、と腕組みして考え込むリコの顔を見、未悠は笑った。




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