とりあえず、帰ってもいいですか?

 

「ともかく、王子、今日は部屋に帰ってもいいですか」

 そう未悠は言った。


「なんでだ?」

とアドルフは訊いてくるが、


「……やかましいからです」

と未悠は横目で王子の部屋の扉を見ながら、答える。


 ずっと外でラドミールかシリオが揉めている上に、時折、どちらかがドアを強く叩いてくる。


 シリオだけが叩いているのかと思ったが、よく聞いていると、ラドミールが、

「そんなにごちゃごちゃ言うのなら、王子と決闘でもなんでもしてくださいよっ」

と言いながら、シリオを脅し付けるようにドアを叩いているのだ。


 おい……と思ったが。


 ヤンとは違い、貴族出身のラドミールは、やはり横柄なところがあって、ヤンほど王族に対して、畏れ多いという感じはない。


 それにしても、アドルフとは兄妹かもしれないし、結婚もまだ。


 そのうえ、こんな騒がしい中で初めての夜を迎えるなんて、冗談ではない、と未悠は思っていた。


 アドルフはあまり気にならないようだが、こちらは気になる。


 女性と男性では、この辺の感性が違うのだろうなと未悠は思った。


 アドルフはドアの方を見ながら、

「ああ、俺が暴君なら良かったのに。

 そしたら、あいつら、今すぐ斬り殺すのに」

とか、


「ああ、あのとき、シリオを助けるんじゃなかった。

 スキャンダルのただ中に置き去りにして、王宮を去らせればよかった」

とか、


「ああ、ラドミールが客の前で俺に対して暴言を吐いたとき、クビにしておけばよかった」

とか呪いの言葉を吐いている。


 だが、ただ扉を見ながら、そんなことをブツブツ言っているアドルフに笑ってしまう。


 王子なのだから、もうちょっと傲慢になっても、誰も文句は言わないと思うのに。


 そうすればよかった、とか、今、呑気に言っている時点で、相当に人がいい。


 同じ顔で似た感じだが、社長なら、まず、相手を成敗していることだろう。

 舐められることのないように。


 常に後ろ盾があるものと、ないものの差なのかもしれないが。


「なんででしょうね。

 一国の王子なのに、貴方の方がマヌケかな、と思うのですが」


 なにっ? とアドルフはこちらを見た。


「そんな貴方の方が好きな気がしてきました」


「……未悠」

とアドルフは未悠の両手を握ってくる。


「俺も、今まで会ったどんな女より、お前が一番得体が知れないが、今まで会ったどんな女より、お前が好きだ」


 きっと、ずっと―― と囁くように言い、そっとキスしてくる。


 手篭めにしてやるとか言っていたわりには、ちょっと遠慮がちにビクついたキスだった。


 そういうところが、やっぱり、ちょっと好きかな、と未悠は思っていた。





 リコと別れたあと、部屋に居たタモンは、誰かがノックしてきたのに気がつき、読んでいた本から顔を上げた。


「はい」

とドアを開けると、未悠が顔を出す。


「どうした?

 王子と初夜を過ごしてたんじゃないのか」

と言うと、未悠は苦笑いして言ってくる。


「まだ結婚してませんから」


「で、代わりに私のところに忍んできたのか?」

と言ってやると、未悠は、


「なんでですか……」

と言ったあとで、


「実は、ちょっとお聞きしたいことがありまして。

 入ってもいいですか」

と言う。


 その手には、見覚えのあるものがあった。


「……わかった、入れ」

と言って、タモンは未悠を部屋へと招き入れた。



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