まあ、所詮、他人事ではあるが……

 

 未悠ーっ、とシリオがドアを叩く音はタモンとリコの居る部屋まで響いていた。


 二人は窓辺の椅子に腰掛け、未悠が見たら、チェスだろうかと思うようなものをやっていた。


 ドアを開けて叫ぶアドルフの声が聞こえてくる。


「やかましいっ。

 そもそも、未悠はお前が私にと連れてきた娘だろうがっ」


「騒がしい城だな」

とタモンは言った。


「ええ、本当に」

と笑ってリコは答える。


 ラドミールや衛士たちは二人を止めようと右往左往しているようだが、所詮、人の色恋沙汰なので、リコたちは呑気なものだった。


 クリスタルの駒を手に、リコはタモンに訊いた。


「ときにタモン様。

 ずいぶん、あのシャチョーとかいう男を警戒してらっしゃったように見えましたが」


 そう問うと、歳とらぬ男は顎に手をやり、なにか考える風な顔をした。


「そう……。

 なにかあいつを見たとき、ぞくりとしたのだよ」

とタモンは呟く。


 黙って駒を置いたリコは、ふいに人の気配を感じた。


 いや、ふわっといい香りが近づいてきたというか。


 振り向くと、音もなく、エリザベートが立っていた。


 タモンも気づいたように顔を上げ、エリザベートに訊いていた。


「どうした? エリザベート。

 今日は特別良い匂いをさせているが」


 すると、エリザベートは少し赤くなり、

「別に意味はありません」

と言った。


 だが、朝からではないような、とリコは思う。


 エリザベートはそのまま、しばらく黙ってゲームを観戦していたが、やがて行ってしまった。


 リコは顔上げ、エリザベートが消えた方を見た。


「どうしたのでしょうかね? エリザベート様は。

 もしや、私、お邪魔でしたでしょうかね?」


 うん? と駒を手に盤上を見たまま、タモンは言う。


「いや、そういうのではないと思うぞ。

 今のエリザベートには、私は生意気な若造としか見えていないようだから」


 そこで少し考え、

「ま、ユーリアにとっても、そうなのだろうな……」

と言ったときだけ、少し寂しそうにも見えた。


「違うなにかいいことがあったのではないか?」

とタモンは笑う。


 そのアドルフにも似た整った顔を見ながら、リコは訊いた。


「そういえば、今回のタモン様の目覚めはずいぶん長いらしいですが。

 なにか普段と違うことでもあるのですか?」


「さて、どうだかな。

 もうさすがに薬の効き目が切れて、此処で終わりなのかもしれんな」

とタモンはこちらを見ずに笑う。


 今すぐ死ぬとかではなく、このまま普通の人間になるという意味だろうかな、とリコは思った。


「それか……」

とタモンは盤を見たまま呟く。


「今回に限り、なにか違う条件のもと、目覚めたか、だな」


 他人事であるかのように冷静で客観的な口調だった。


 そんなことを言いながら、タモンが、コト、と木製の盤の上に駒を置いた瞬間、リコは渋い顔をした。


「……負けました」


「そうか?

 まだいけるだろ」

と目を上げてタモンは言ってくるが。


「いや、この先どう打っても、タモン様に潰されますよ」


「読みが早いな」

と即座に言い、笑うタモンには最初から、そのことはわかっていたようだった。


 長く生きたから、このようにさとい人間になったのか。


 それとも、元からそうだったのか――。


 リコは、なにか……ちょっと既視感が、と思いながら、

「もう一戦やるか?

 夜は長いからな。


 ……うるさくて眠れそうにないし」

と言って、上の階を見るように天井を見るタモンを見つめた。


 タモンはそこで小首を傾げて呟く。


「そういえば、だんだん不安に思わなくなってきたな」


「え?」


「いや、昔は、眠りの封印が解けている間は、大抵、眠れなかったものだが、最近は、普通に眠れるようになってきたんだ。


 でも、眠るたびに、次に目覚めるのはいつなのかと、不安だった。


 だが、慣れというのは恐ろしいもので、毎度、普通に目覚めるせいか。


 このまま、眠り続ける恐怖というのが薄くなってきているんだよ」


 そういう意味でも、今回の目覚めは、なにかが違うようだとタモンは言う。





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