ちょっと考えさせてもらってもいいですか?



 シャチョーこと、上遠野駿うえの しゅんに捕らえられていた未悠は、タモンがリチャードに目でなにか合図をするのを見た。 


 ん? なんだ?

という顔をリチャードがする。


 駿は燭台の先端をタモンに向けたまま、止まっていた。


「……どうやって倒したら、いいんだろうな」


 所詮は、現代で会社の社長をやっている常識人。


 脅す、という発想はあっても、殺す、という発想はないようだった。


 そのとき、リチャードが駿に向かい、飛びかかった。


 巨体でのしかかられ、さすがの駿もひっくり返る。


 だが、倒れても駿は、未悠を放さなかった。


 おでこ打っちゃったじゃないですか~っ、と冷たい床に打ち付けた額を押さえ、未悠が駿を見たとき、駿は自分の前に立ちはだかるリチャードに向かい、言った。


「退け、俺は死んでも未悠を放さないぞ」


 だが、その決意に満ちた言葉を聞いたリチャードはいきなり、駿の脇腹をくすぐり始めた。


 悲鳴を上げ、駿が思わず手を放す。


「……死んでも離さないが、くすぐられたら、放すんだな」

とリコが呟いていたが。


 いや、そこはしょうがないだろう、と未悠が思ったとき、タモンが、

「リコ、今だっ。

 未悠を此処から連れて出ろっ」

と叫ぶ。


「なにをするっ」

と駿が再び、燭台をつかみ、立ち上がろうとした。


「待て、未悠っ。

 俺はこいつを倒して、勇者に……っ」


 未悠がリコに階段下に引っ張られながら、なんか勇者になることが目的になってないか? と思ったとき、


 ……パチン、と上の階で音がした。


 静かになる。


 リコとともに、そうっと最上階に戻ってみると、駿は消えていた。


「やはりな」

とタモンが呟く。


「未悠と同じところから来たのなら、あいつもこれで飛ぶんじゃないかと思ったんだ」


 危ないところだった……と額の汗を拭うタモンを見ながら、未悠が、

「なにが危ないところだったんですか?」

と訊くと、タモンは一瞬考えたあとで、


「いや……ほら。

 お前が危険な目に遭うところだったじゃないか」

と言って、みなに、


「我が身が危なかったからでしょうが」

と笑われていた。


 だが、未悠は、この人、そんなことで慌てるかな? と思っていた。


 なにかもっと、違う理由がありそうだが――。


 しかし、これで一件落着、という雰囲気になってるけど。


 今の、魔王に一般市民が倒されただけだよな。


 ゲームなら、なにも一件落着ではないところだが、と思いながら、何故だか、顔色のすぐれないタモンの横顔を見つめていると、少し離れたところに立っていたアドルフが、しばらくして、こちらを見た。


 なにやら気まずげだ。


 そういえば、この人、なにも活躍していないな、とそのとき、気がついた。


 所詮はお坊ちゃん育ち、いまいち事態についていけてなかったようだ。


 だが、ラドミールがそんなアドルフに気づき、すかさず、

「良いのです。

 王子は王子のできることをすればよいのです」

と駄目な子に言い聞かすような口調で、フォローを入れていた。


 少し考えたアドルフは、ふいに両手を掲げ、

「みなのもの、大義であった」

とねぎらい出す。


 まあ、この人に出来るのって、この程度のことかなーと思いながら、


「……あのー、ちょっと結婚、考えさせてもらってもいいですか?」

と未悠は言った。


 

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