此処は王が不在の城である


 ラドミールに馬に乗せられ、城に着いたアドルフをリコが出迎えた。


 急な客人を、リコがもてなしてくれていたようだ。


「やあやあ、アドルフ様。

 申し訳ございません。


 お妃様がお気に入りのライチをたくさんいただいたんですよ。


 お妃様がこちらに戻っていらっしゃってるというので、馬を飛ばして持ってまいったのですが、入れ違いだったようで」

と言いながら、隣国の公爵が木箱いっぱいのライチを見せてくれる。


 ライチは傷むのが早いというから、母上が戻るのには間に合うまいな。


 未悠たちに食べさせよう、と思いながら、未悠の身になにか起きてはいまいかと心配する。


 ……既に、なにか起きていそうな予感がするな。


 あいつの行く先々で、なにかが起きるからな、と思いながら、アドルフが公爵と話していると、

「ところで、リコ様がこの城に滞在されているとは思いませんでした」

と男は笑って言ってきた。


「リコをご存知なのですか?」


 すると、男は声を落とし、

「ま、大きな声では言えませんが、私は一応、存じておりますよ」

と言ってくる。


 俺はリコが何者だか、存じていないのだが……。


 ねえ、貴方もご存知でしょう? みたいな口調で言われると、訊けないではないか、とアドルフは思っていた。


「では、私はこれで。

 リコ様、お父上によろしく」

と彼はリコを振り向いて言い、リコに、


「どちらのですか?」

と笑顔で言われて、一瞬、止まりながらも、


「ははは。

 よろしくお伝えください」

にごしていた。


「あ、お待ちください」

とアドルフは帰ろうとする男になにか取らせようと、引き止めたが、今、戻ったばかりで、なにも用意してはいなかった。


 すると、ラドミールが、

「どうぞ、これをお持ちください。

 お妃様が旅から持ち帰られた異国の布です」

と見たことも無いような艶やかな光沢の紫色の布を渡していた。


 後ろで、エリザベートが頷いている。


 彼女が手配してくれたようだ。


「これは素晴らしい。

 ありがとうございます、アドルフ王子」

と言われたが、自分はなにもしていない。


 お礼の品を用意したのは、エリザベートとラドミールだし。


 相手をしていたのは、リコだ。


 客人を送ったあと、

「……なあ、俺はいらなくなかったか?」

と訊いたのだが、ラドミールはいつものように淡々と、


「とんでもございません。

 王子がそこにいらっしゃるというだけで、相手にしてみれば、大層もてなされた感じがするものです。


 王子はそこに存在してらっしゃること自体に意味があるのです」

と言ってきた。

 

 それもなんだかな、と思いながら、窓から森の方を振り返る。


 未悠はもうあの塔に入っていってしまっただろうか。


 早く戻らなければ、と出て行こうとすると、リコが、

「みんな悪魔の塔に向かったそうじゃないか。

 面白そうだな、俺も行くぞ」

と笑顔で言い出した。


「心配なので、私も行きます」


 そうラドミールまで言い出し、結局、三人で森へと戻ったその頃、未悠たちは、既に最上階に到達しようとしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る