そう言うのなら、仕方ない
「ラドミール!」
開口一番、未悠は怒鳴ってきた。
朝、未悠は二階から可愛らしい娘と下りてくるなり、昨夜遅かったので、まだ寝ていた自分を見つけ、階段を駆け下りてきたのだ。
「何故、貴方が王子と一緒に寝ているのっ?
私が二階で寝てるのにっ」
いや、怒るとこ、そこか、とラドミールは、アドルフ王子の横で座り込んだまま、ぼーっとしていた。
低血圧なのだ。
しかし、ぼんやりしているので、未悠がなにかきゃんきゃんわめいていても気にならない。
見た目は愛らしいんだがな。
平民出だと言うのに、不思議に気品があるし。
しかし、王子妃に相応しい落ち着きはないな、と音声が聞こえないぶん、冷静に分析していると、まあまあ、とまだ同じマットの上に居る王子が未悠をなだめてくれた。
「未悠。
これからは、ずっと一緒に居られるではないか」
「いえいえ。
そんな話はしていませんけどっ」
と未悠は可愛らしく赤くなる。
いや、こっちに対して怒るのなら、昨夜、一緒に寝ればよかったではないか。
なにを恥らっているのだろうな?
まさか、まだ、王子との間になにもないとか?
こんな立派な王子にお前のような庶民が見初められたのに?
トロトロしてたら、他の娘たちに奪われるぞ、と思いながら、ラドミールは冷ややかに見ていたが、宿の娘は微笑ましげに王子と未悠のやりとりを眺めていた。
それから、全員で、埃っぽいマットや毛布を片付けた。
テーブルを元の配置に戻すと、みんな、宿の主人を手伝い、他の客の分まで朝食を作る。
リチャードという大男が一番小器用にフライパンを操り、王子は執拗に細かく野菜を刻んでいた。
……王子は野菜がお嫌いなのだろうか、と思いながら、ラドミールは眺める。
城では出されたものは、残さず召し上がっておられるが。
まあ、作った者のことを考えてのことかもしれないな、と思いながら見回すと、他の者に比べて、なんとなく役立たずな未悠は、テーブルを拭いたり、他の客への給仕をしていた。
だが、ちょっと楽しそうだ。
「私、カフェで働いてみたかったんですよねー」
とよくわからないことを言っている。
っていうか、これ、一応、王子妃になるのだろうに、こんなところで、こんなことをしていていいのだろうか?
まあ、それを言うなら、王子があそこで、野菜を刻んでいること自体が問題だが……。
アドルフは段々、野菜を切ることにハマッて来たらしく、もういらないだろ、というくらい刻み続けている。
「おっ、すごいじゃねえか、王子。
向こう側が透けて見えるぞ」
とリチャードがフライパンの上で華麗にオムレツを回転させながら、笑って言っている。
刻み過ぎなことには突っ込まない。
アドルフ王子はちょっと嬉しそうだった。
……褒めて伸ばせという奴だろうかな、と思いながら、ラドミールは空いた皿を片付けた。
「ようやく旅が始まると思ってましたのに」
他の客達が旅立ったり、部屋へ引き上げたりしたあと、ようやく、ラドミールたちも食事にありつけた。
ずっしりとしたレーズンパンの焼きたての美味しさをイラークに訴えている未悠の横で、ヤンがしょんぼり、旅が終わってしまう寂しさを訴えていた。
「お妃様のご命令だ」
とつれなくラドミールは答える。
「俺たちも、これから大冒険が出来るかと思ってたのになあ」
とリチャードたちも残念そうだ。
「しかも、腹痛まねえ旅だし」
と言う。
どうも王子が金を出すことになっていたようだ。
みんなに恨みがましい目で見られ、ラドミールは、
「……なんだ。
私は伝えに来ただけだぞ」
と弁解がましく言う。
悪いニュースを持ってきたのに、こんな美味しい朝食をご馳走になって、さすがに悪い気がしてきていたからだ。
「じゃあさ」
とハーブのよくきいた芋のスープを飲みながら、未悠が言ってきた。
「とりあえず、みんなに城まで警備してもらうとか」
「お、いいねえ」
とリコが陽気に笑い、みなも盛り上がり始める。
「……城、すぐそこだぞ」
と小さくアドルフが言っていたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます