若気の至りよねえ



「お妃様」


 一応、そういう呼び方をしながら、エリザベートはアドルフの部屋の窓際に立っていたユーリアに話しかけた。


「まだ起きてらしたんですか?」


 窓から外を眺め、旅立った息子の心配をしているのだろうかと思ったが、そういうわけでもないようだった。


 ユーリアはなにかノートのようなものをめくっている。


「それは?」

と話しかけると、ユーリアは一瞬、隠そうとしてやめた。


 それを見下ろし、

「若気の至りよねえ」

と呟く。


 なにが? と思って、ひょいと覗くと、そこには古い言葉が書き綴ってあった。


 これは……と思ったとき、ユーリアが、

「エリザベート。

 私も行こうかと思うんだけど」

と言い出した。


「何処に?」


 なにか嫌な予感がして、素で訊き返してしまう。


「王のところによ」


「気は確か?」


「なにかこう、人を通しての会話ばかりしていたから、いまいち心が通じ合ってない気がするのよね」


「アドルフ様が居なくなって、あんたまで居なくなったら、大問題でしょ」


「じゃあ、アドルフを呼び戻して。

 あれは、とりあえず、未悠に会えればいいだけなんだから」


 幾ら未悠だって、まだそう遠くへは行ってないはずだから、もう出会えたでしょう、とユーリアは言う。


 いや、あの娘、なにをしでかすかわからないので、とんでもないところまで行っているかもしれないが、と思いながら、


「でも、未悠は自分とアドルフが兄妹かどうか確かめるまで帰らないと思うけど」

と言ったのだが。


「じゃあ、未悠を捕獲しなさいよ。

 あれを連れて帰れば、アドルフもついて来るから」

と自分の息子を犬かなにかのように言う。


 しかし、こういうところがお妃様だよなあ、とエリザベートは思っていた。


 私も年をとって、位が上がった分、人が言うことを聞いてくれるので。


 昔より意固地になったり、勝手になったりしているとは思うが。

 こいつには負けるな、と思っていた。


 気まぐれだし、自分の考えですべてが動くと思っている。


「……エリザベート、顔に全部書いてあるわよ」


「あら、失礼」

とエリザベートは心のこもっていない詫びを返した。


 なんだかんだあるが、こういうところを許してくれるところが、ユーリアのいいところだ。


「でもまあ、いいかもしれないですね。


 王妃様が蘇ってきたタモン様に心を動かされることもなく、王に会いに行こうとされるのですから。


 王の心も動いて、真実を話してくださるでしょう。


 誰か使いを出して、未悠たちを帰らせましょう。


 王妃様が覚悟を決められて、自ら確かめに行くことにされたからと言えば、帰るでしょう」


 そんな風に、エリザベートは軽く考えていたが、事態は既にのっぴきならない方向に進んでいた。





「帰りません」


 そう言ったヤンに、


 いや待て。

 何故、お前が抵抗する、とマットの側にしゃがんだラドミールは顔をしかめる。


 王子を呼びに行くのに、その辺の者では困ると言われ、既に寝ていたラドミールが叩き起こされ、使いに出されたのだ。


 しかし、アドルフをつけていたものに聞いた宿にたどり着くと、こちらもようやく寝たところだったらしく、宿の主人が出てきて、


「帰れ」

と言い放った。


 押し問答の末、入れてもらい、寝ていたアドルフを叩き起こして、王妃が自分が王の許に行くから帰ってこいと言っていると告げると、何故か、アドルフの側に居たヤンが、


「帰りません」

と言い出したのだ。


「……帰らないそうだぞ」


 やっと寝たとこだったのに、とブツブツ言いながら、アドルフはそう呟いたあとで、また寝ようとする。


 王子が王子だとバレていることは既に聞いているので、


「アドルフ王子っ」

と強い口調で言うと、みんなの真ん中に寝ているアドルフは毛布を被りながら、


「あまり騒ぐな。

 此処は血の気の多い連中ばかりだ。


 その辺の壁に一刺しずつ刺されて、縫い付けられるぞ」

と言ってくる。


 見れば、寝ているように見えていた周囲の男たちの目は開き、薄暗がりで、こちらを見ている。


「し、しかし、王子を連れて帰らねば、どのみち、エリザベート様と王妃様に、城の壁に貼り付けにされます」


 そう訴えると、わかったわかった、と溜息をついたアドルフはラドミールの腕を引く。


「此処で一緒に寝ろ」

と同じマットの上に横になるように言ってきた。


「い、いえ、そんな恐れ多い」


「早く寝ろ。

 リチャードが目を覚ますぞ」


 リチャードって、なにっ!?


 ……誰っ?


 まるでいにしえの呪いが解かれるぞと言うようなアドルフの口調に慌てて周囲を見回す。


 これかっ?


 リチャードっぽいが、とアドルフの向こう側に寝ている男を見ると、彼は片目を開け、


「俺は、リコだ。

 リチャードはあれだ」

とラドミールの後ろを指差す。


 壁際にスキンヘッドの、岩のような大男が寝ていた。


 何故か棍棒を抱いている。


 誰かが後ろからラドミールのマントを引っ張った。


 見るからにガラの悪そうな大きな男が背を丸め、声を小さくして言ってくる。


「兄貴は眠りが浅くなると、たまに寝ぼけて暴れ出すんだよ」


 だから静かにしろ、と言うので、リチャードという大男の腕で抱き枕のように抱かれている棍棒を見ながら、


 ……はい、とアドルフと共に横になった。





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