眠れる森の王子

 


「見て、エリザベート。

 眠れる森の王子様よ。


 きっと、キスしたら起こせるんだわ」


 そんな夢見がちな少女の声がした。


 いや、もう起きてるんだが、と思いながら、タモンは彼女たちの声を聞きつつ、目を閉じていた――。





 タモンが昔のことを思い出しながら、ぼんやりサロンの窓に腰掛けていると、派手に扉を跳ね開ける音がした。


「タモン様~っ」


 なんだかわからないが未悠が怒っている。


 またあの、人を眠りに落とす薬とやらのついた剣で刺されそうだな、と思っていると、

「アドルフ王子になに言ってるんですかっ」

と文句を言ってきた。


 王子に女の口説き方を教えたことについて、文句を言っているのだろう。


「いやいや。

 純な王子が困っておられるようだから、ちょっと手助けを」

と言うと、


「あの人、そんなに純でもありませんが」

と言ってくるが。


 いやいや、結婚まで決まっている好きな相手を前に、ただ手をこまねいているだけなんて、純情もいいとこだろう、と思っていた。


 ま、自分も本気になるとそうなってしまうのだが……。


 あれから、もう二十数年か。


 ユーリアは今でも変わらず美しいが―― などと思っていると、


「どうしました?」

と怒っていたはずの未悠が少し心配そうに訊いてくる。


 自分は今、どんな顔をしているのだろうな、と思いながら、


「いや……長く生きるというのも厄介なことだな、と思っていたところだ。


 みな年を取り、居なくなる」

と目を伏せた。


 自分を責め立てながらも、処罰することのなかった兄も。


 あの兄嫁も、もう居ない。


 いずれ、ユーリアもエリザベートも居なくなるだろう。


 次に自分が目を覚ましたときには、もしかしたら―― もう、誰も。


 あの、ユーリアと出会ったときのように。


『噂なんて、あてにならないものですね。

 この塔には悪魔が居ると、みなが言っていたのですよ』


 そうユーリアは笑っていたが、いや……私はお前にとっては悪魔だったろう、と思う。


 ユーリアの、そして、エリザベートの未来を捻じ曲げてしまった。


 彼女の息子、アドルフの未来もまた――。


 ふと気づくと、未悠が、心配そうに自分を窺っていた。


 その頬に手をやる。


 少し笑い、未悠に言った。


「次に目覚めたときには、お前もおらぬやもしれんな」


 未悠はその手を払うことなく、自分を見下ろし、言ってくる。


「どのみち私はそう長く此処には居られないのかもしれません。

 私は、この世界の人間ではないのですから……」


 そう呟く未悠の運命と、自分の運命には被るところがあるような気がした。


「平気か?

 アドルフの許を離れても」


 そう訊くと、未悠は沈黙して、なにか考えているようだった。





「王子よ、あれはまずいです」

 扉を少し開け、タモンの居るサロンを覗きながら、シリオが言ってくる。


 先程、未悠が入っていたのは、確認済だ。


 なにを話しているのか、気にはなってはいたが、ずかずかと入って行くのも無粋な感じがして、躊躇していたのだが。


 なにも無粋には感じないらしいシリオは、堂々と中を盗み見ている。


「王子、なにをぬるいことをやっているんです。


 言ったではないですか。

 女は影のある男に弱いもの」


 未悠を今すぐ、どうにかしなければっ、と言ってくる。


 だが、今もどうにか出来なかったばかりなのに、どうしろと言うんだ、と思っていると、いきなり、


「ああっ!」

と中を覗いていたシリオが叫んだ。


「どうしたっ?」

とシリオを跳ね除け、扉を開けると、中には、タモンだけが居た。


 窓際に腰掛けたまま、タモンはなにもない空間を見ている。


「おいっ、未悠は何処に行った!?」


 結局父親ではなかったらしい男の首を遠慮なく締め上げると、タモンも呆然としたまま言ってきた。


「……消えた」


「なにが」


「未悠が……」

とタモンは、先程まで未悠が居たのだろう、目の前の空間を指差していた。




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