商売なのか?


「というわけで、アドルフ様は王様の子どもだそうですよ」


 アドルフの部屋で未悠はそう告げたのだが、アドルフは、ただ胡散臭げにこちらを見ているだけだった。


「……なんで信じないんですか」

と言うと、部屋の中央に立つアドルフは、


「俺はあの親の言うことは、とりあえず、疑ってかかるようにしているからだ」

と言ってくる。


「なんでですか?」

と問うと、


「母親が自分で言ったんだ」

と言う。


「お前は微妙な立場に居る王子だから、甘い言葉を吐いてくる人間の言うことは、とりあえず、疑えと。


 だが、それは、あの母親にしても同じことだ。

 たまにしか現れないから、現れたときには、調子よく、都合のいいことを言ってくる」


 ユーリアが先程言っていた言葉を思い出す。


『滅多に出会わないから、お互い、その場だけ、最高の夫や妻を演じられるの。

 お互いのアラが見えてこないから、なかなかいいわよ』


 夫だけでなく、息子にまでそうなんだな。


 アラ、見えているようですよ、王妃様……と未悠は思う。


 でも、そうか。

 出生がどうとかいうよりも、そう言い聞かされて育ったから、どっか冷めたところがあるんだな、この王子。


 そう思いながら、未悠は、

「でもそんな、なにもかも疑ってかかるというのも寂しい人生な気がしますが」

と言ってみた。


「そんな疑り深いのに、よく私と結婚しようなんて思いましたね。

 私こそ、なんだか怪しい人間じゃないですか」

と言うと、


「そうだな。

 お前は、なにもかもが怪しい」

と否定せずにアドルフは言う。


「だからこそ、疑う必要もないだろう。


 そもそも、俺に向かって、甘い言葉のひとつも吐かないしな。

 なにか言ってみろ、甘い言葉」

と唐突にアドルフはそんなことを言い出した。


 甘い言葉……?


 そんなの思いつかないが、と思っていると、アドルフはそんな未悠の顔を見、

「そんなんだから、シャチョーとやらにも振られたんじゃないのか?」

と何故か説教してくる。


 図星をさされ、つまったが、やられっぱなしもなんなので、逆に言い返してみた。


「甘い言葉って、どんなのですか。

 まず、王子が私に向かって囁いてみてくださいよ」


 意外にもアドルフはすぐに、

「よかろう」

と言い、すっと未悠の両手を握ってきた。


 あの美しすぎる顔を近づけ、囁いてくる。


「私にはお前だけだ、未悠。

 お前なしの人生など考えられない。


 私と一緒になってくれ。

 一生、お前だけを愛することを誓おう」


 そのままキスしてこようとしたアドルフから逃げるように未悠は腰を落とす。


「待ってください。

 なんか変です、アドルフ様」

と手を握られている未悠は、キスされないよう、体勢を低くしたまま叫んだ。


「今の言葉、本当に貴方が考えたんですか?」


 貴方にしては、ツラツラ言い過ぎですっ、と未悠は訴える。


「それに今、私って言いましたね。

 貴方、本当は俺って言うんでしょう?」


 そのセリフ、借り物の匂いがしますっ、と指摘すると、アドルフは、

「さすが。

 お前は侮れんな」

と言い出した。


「さっき、タモンにこう言えと言われたのだ。

 お前は、私と似た顔をしているから、女の手を握り、瞳を見つめて囁けば、相手はイチコロになると」


「……刺されるわけですよねえ。

 そんなことを繰り返していると」


 あの悪魔、兄嫁に手を出していないというのは本当だろうかな、と思う。


 手は出してはいないのかもしれないが、そういうセリフは囁いていたのでは。


 そんなことを考えていると、アドルフが言い出した。


「では、俺の思っているままを言おう。

 未悠、今すぐ俺のものになれ」


 ……いや、それはそれで、ストレート過ぎて、情緒もへったくれもないような。


「結婚するまでは手は出さないんじゃなかったんですか?」

と言ってみたが、


「未悠。

 お前の望みばかりは聞けんな」

とアドルフは強い口調で言ってくる。


「立場が危ういとはいえ、私は仮にも王子だぞ」


 おっ。

 威張るつもりか? と身構えたが、アドルフは未悠を見据え、言ってきた。


「未悠。

 王子というのは、いつ殺されるかわからない商売なのだよ」


 商売なのか?


「暗殺されたり、戦に駆り出されたり。


 いつ命を落とすか、わからない立場にある。

 だから、どうしても欲しいものは、手に入る、今、この瞬間に自分のものにしておきたいのだ」


 うーむ……。

 微妙にショボイことを言ってきたぞ。


 此処で権力を笠に着て、恫喝してくるような人なら、突き放せるのにな、と未悠は思う。


 まあ、王子なんて大変な仕事なんだろう。


 シリオでさえ、あの有り様だ。

 あまり信用できる人間も側に居なさそうだしな、と思っていると、アドルフは未悠の顎に手をかけ、言ってきた。


「昼間だし、親も戻ってきてしまったがいいか」


「いや……、いいわけないですよね」


 あんた、精悍な顔してなに言ってんだ、と思いながら、未悠はアドルフの手を振り払った。




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