……帰って来てしまいました


 眩しいな、と未悠は目を覚ました。


 朝のようだ。


 寝返りを打つと洗い立てのシーツからいい匂いがして、気持ちいい。


 お気に入りの水色ストライプのパジャマも肌触りがくたくたっとしていて、最高だ。


 ああ、このままもうちょっと寝ていたい、と思っていたが、何処かでスマホのアラームが鳴っている。


 止めねばな……。


 止めねば、と思いながら、また、うとうとしていると、根性なしなアラームだったのか、すぐに止まった。


 ありがとう、アラーム。

 止まってくれて。


 おやすみなさい、アラーム、と思いながら、未悠は再び、眠りに落ちる。


 正気だったら、ありがとうじゃないだろ、不良品かーっ、と叫ぶところだが、とりあえず、正気ではなかったからだ。


 そのとき、一人暮らしのはずなのに、誰かが寝室のドアをノックした。


「……はい?」

とぼんやりしたまま訊き返すと、ドアが開く。


「未悠。

 いつまで寝てるんだ。


 遅れるぞ」


 ……誰だっけ? これ、と思いながら、そこから顔を覗けた人物を見た。


 黒髪黒い瞳で、整った顔の男。


「……王子?」


「王子……?」

と訊き返してきた王子はスーツを着て、ドアを開け、そこに立っていた。


「いつまで寝てるんだ」

と言いながら、王子はアラームを止めてくれたらしいスマホを未悠のベッドに投げてくる。


 王子とスマホ。


 似合わない。


 ――いや、この人は王子ではない。


「社長……?」


 ようやく未悠はそう呼んだ。


「なんで居るんですか?」


 未悠的には、今、城で悪魔と話していたはずなのに、何故、此処に社長が居るのか、という意味で訊いたのだが、社長―― 上遠野駿うえの しゅんは、もちろん、そういう意味にはとらなかった。


「覚えてないのか。

 お前が帰れそうにないくらい酔ってたから、送ってきたんだ」


 まだ、酔いは残っているか、と訊いてくる。


「え、いえ……」

と言うと、


「じゃあ、いい。

 俺はもう行くから」


 お前も遅刻しない程度に来い、と言って行きかけ、こちらを振り向かないまま言ってきた。


「……昨夜、なにを話したかは覚えているか」


 はい、ともう遠い記憶を追いながら言うと、

「じゃあ、いい。

 鍵はかけろよ」

と言って、帰ってしまったようだった。


 玄関のドアが閉まる音を聞きながら、未悠はそのまま、ぼうっとベッドに座っていた。


 ……社長だ。


 社長だったな。


 なんで此処に居るんだろう。


 さっきまで私は城で、タモンとかいう女たらしの悪魔と話していたのではなかったか。


 あれは全部夢だったのか。


 いや、それを言うなら、社長が此処まで送ってきてくれたことも夢のように不思議だ。


 あんな話をしたあとなのに。


 そうだ。


 これも夢かもしれないな。


「……寝よう」

と呟き、月曜の朝だと言うのに、未悠はベッドに再び、もぐり込んだ。






 あの莫迦、また寝てるんじゃないだろうな。


 上遠野駿は、今出てきたばかりの未悠のマンションを振り返りながら思う。


 昨日は、最悪の日曜日だった。


 勧められてした見合い相手と街を歩いている最中、未悠とバッタリ遭遇してしまったのだ。


 まだ、こっちも気持ちの整理も出来てはいなかったのに。


 仕方なく、見合い相手と別れたあとに、未悠に連絡し、呑みに誘った。


 別れを切り出すためだ。


 ……って、付き合ってもなかったよなあっ、そもそもっ! と駿は拳を握る。


 未悠はこちらに気のある風だったが、なんだかんだで自分を避けていた。


 だから、もしかしたら、未悠は最初から『あのこと』を知っていたのでは、と思ったのだが、自分が結婚するかもしれないと言うと、完全に寝耳に水な感じだったし。


 もともと覚悟を決めていた、という風ではなかった。


 自分が見合い相手と結婚するかもしれないと言ったとき、未悠は泣きそうな顔をしていた。


 ……だったら、何故、もっと早く。


 俺を避けずに、もう少しだけ早く――。


 そうしたら、俺も覚悟が出来ていたのに。


 溜息をついて、行きかけたが、どうも気になる。


 未悠のマンションにとって返し、チャイムを鳴らしたが、出てこない。


 この莫迦っ。

 やっぱり寝てやがるっ!


 連打したら、近所迷惑だろうと、駿はスマホを取り出し、未悠の番号にかけた。


『……あい』

とずいぶん経って、未悠の緊張感のない声が聞こえたとき、


「社長より遅く来るような秘書は辞めてしまえっ」

と開口一番罵っていた。





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