悪魔の棲家


 あっさり主人を変えた実直な男は、未悠について来た。


 いや、本人は王子を裏切ったつもりもないのかもしれないな、と未悠は思う。


 アドルフは彼に、

「未悠についていろ」

と言っただけだし、


「未悠を見張っていろ」

と言っただけだ。


 そういえば、と止めろとは言わなかったな、と未悠は思う。


 ヤンと一緒に未悠は、あの垣根の切れ目を抜ける。


 まさか、叱られてすぐにやるとは思っていなかったようで、まだ塞がれてはいなかったからだ。


 甘いな、王子、と未悠は思っていた。

 社長なら、すぐさま塞いでいるところだが……。


 同じような顔でも、やはり、別人なんだな、と改めて思った。


 二人は垣根を抜け、草原に出た。

 そのすぐ向こうにあの森があった。


 深く茂った森の向こうに、時計塔の尖塔が見えている。


「未悠様、塔に近づいて大丈夫ですか?

 若く美しい女性がこの塔に近づくと妊娠するという噂があるのですが」

と言いにくそうにヤンは言ってくる。


 美しいって、伝説の中には入っていなかったような。


 ヤンの妄想か、願望か、イメージか、と思いながら、未悠は言った。


「そうですね。

 確かに、我々だけでは危ないかもしれません。


 ヤン、シリオ様をそっと呼んできてくださいますか?

 アドルフ王子に見つからないように。


 私は此処で待っています」


 そう言うと、

「はい。

 では、これを」

とヤンは自らの腰に差していた剣を渡してくれる。


 これ、本物なのだろうかな?


 ガンビオのは飾りだったけど、と思いながらも、ヤンを安心させるために受け取った。


 剣はずっしりとしていて、重さは結構あるようだった。


「森の中は危ないので、これを持って、じっとしていてください」


「わかったわ」

と未悠は頷く。


 ヤンは、急いで行って参ります、と走って城へと戻っていった。


 その後ろ姿を見ながら、まずいな、結構足が速いようだぞ、と未悠は思った。


 早く行って来なければ、と尖塔を見上げ、森へと向かい、歩いていった。




 シリオ様、シリオ様……。


 何処にいらっしゃるだろう。


 以前は、なにをされているのか、外をフラフラされていることが多かったが、未悠様が城に来られてからは大体、城の中に入るのに。


 そう思いながら、ヤンは城の中で、そっとシリオを探す。


 あまり人に知られてはまずい感じだったな、と思ったからだ。


 未悠様からの秘密の任務、と思っただけで、ドキドキしてくる。


 それで油断したわけでもないが、ちょうど階段を下りてきたアドルフ王子と出くわしてしまった。


 さっと頭を下げると、

「お前か。

 未悠はどうした」

と訊かれる。


「は。

 お疲れになったご様子で、お部屋で休んでいらっしゃいます。


 冷たい飲み物をご所望されまして」


 取りに離れただけだと誤魔化そうとする。


「冷たい飲み物?

 酒じゃなくてか」

とアドルフは胡散臭そうに訊き返してきた。


 未悠が聞いていたら、いや、さすがに昼間からは呑みませんよ、というところだろうが。


「あの、未悠様をおひとりにしておりますので、失礼します」

と厨房に行くフリをし、通り過ぎようとすると、


「待て」

とアドルフが言ってきた。


「そんなこと、お前が誰かに命じればいいことだろう。


 それと、お前――


 剣をどうした?」


 冷ややかにこちらを見て、アドルフは言ってくる。


 ひーっ、とヤンは恐怖のあまり総毛立つ。





 深い森だな、と未悠は辺りを見回す。


 方向感覚が怪しくなりそうだ。


 まあ、最初から方向音痴なんで関係ないけど、と思いながら、先程見た尖塔の方に向かい、真っ直ぐに進んでいく。


 前から目をそらすと、行く先がわからなくなりそうだ、と思いながら。


 そのとき、ふと、左側を明るく感じた。


 木々の向こうに、森が切れている場所があるようだ。


 もしかして、あのとき王子と出会った草原じゃ、と思ったが、そのとき、真正面にも薄暗いが、木々の途絶えている場所があるのに気がついた。


 塔のようなものが一部見える。

 未悠は迷って、塔の方へと進んだ。


 その選択が正しかったのかはわからないが――。


 いや、間違っていたかな、と塔の前に出て、すぐに思った。

 足許に穴が空いていて、落下したからだ。


 落とし穴っ? と思ったが、そうではないようだった。


 落ちた場所には、ふかふかのマットがあった。


 そして、周りには割れて落ちたらしい古い木の蓋のようなものが散乱している。


 塔の周りに入り口が見えなかったけど。


 もしや、この地下へのマンホールみたいなのが入り口だったのか?


 だが、蓋が木だったので、未悠の体重で割れて落ちてしまったらしい。


 失礼な、私が重いと言うのか、と割れた木の板に向かい、文句をたれる。


 まあ、最近、舞踏会続きで、美味しいものの食べ過ぎだが、と思いながら、未悠は立ち上がった。


 膝を板の破片で切ったらしく、少し血が出ている。


 いたた……と思いながら見ると、狭い洞穴の先に木のドアがあった。


 建て付けが悪かったが、特に鍵はかかっておらず、引っかかる箇所をヤンの剣で突くとあっさり開いた。


 目の前に、城のものと似ている石の階段が現れた。






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