眠りの森の悪魔



 未悠は石の階段を上がっていた。


 剣を前に突き出し、いつでも刺せるようにして。


 シリオが見たら、

「前に来たら、誰でも、有無を言わさず刺す気か。

 お前が魔王か」

と言ってきそうだ、と思いながら。


 だが、この世界に来てから、いまいち現実感がないとは言え、怖いものは怖い。


 しかし……。


 何処まで上がっても、階段ばかりでなにもないんだが。


 小悪魔一匹出てこないな、と思っている間に、未悠は最上階についていた。


 そこにあった、最初に見たのと同じような簡素な木の扉を開けてみる。


 すると、涼やかな風が頬に吹きつけてきた。


 窓が開いているようだ。


 気持ちの良い森の風が吹き渡るその部屋の壁際には、お姫様のベッドのような天蓋付きのベッドがあった。


 あ、こういうの欲しかったんだよなー、と思いながら、近寄ると、そこには一人の男が寝ていた。


 細身の美しい顔をした男だ。


 そういえば、王子に似ている、と思ったが、シリオにも似ている気がした。


 いや、シリオに似ていると思ったのは、その魔導士だかなんだかわからないような微妙な扮装と長い銀色の髪のせいかもしれない。


 いや、シリオの髪は淡い茶色なので、このような色ではないのだが。


 しかし、顔より気になることがある、と未悠は思った。


 この男の腹には、既に剣が刺さっているのだ。


 これが悪魔だとするなら、既に誰かが始末したあとなのだろうか。


 剣の周りには古い血がこびりついている。


 服も血でパリパリに乾いていた。


 赤いな、とその血を見て未悠は思った。


 悪魔の血も赤いのか? と上から覗き込んだとき、耳許で小さく囁く声がした。


「……血の匂い」


 うわっ、と身を引いたとき、寝ていた男が目を開けた。


 男の目の色は少し淡い青色で、身体全体が色素が薄い感じだった。


 そのせいか、アドルフよりも透明感のある美しさを持っていた。


 ……これが悪魔?


 顔だちは確かに王子に似てなくもないけど。


 王子は黒髪に黒い瞳だから、そんなに似てるって程でもないかなあ、と思い、眺めていると、


「おい、娘」

と寝たまま、男は言ってきた。


「我が封印を解き、長き眠りから揺り起こしておいて、なにを一人が難しい顔をしておる」


 いや……封印、解いた覚えもないんですが、と思っていると、男を未悠を見て言ってきた。


「お前は、何処か怪我をしているだろう。

 お前の血の匂いで私は目覚めたのだ」


 いや、まず、貴方が大量に血を流してますが、と思いながら、血がこびりついた男の腹を見ると、男はようやく腹に刺さった剣に気づいたようで、うおっ? と声を上げていた。


「痛くないんですか?」

と訊くと、


「痛くはない」

と言いながら、悪魔はおそるおそる、おのれの腹を見ている。


「刺されているな……」


「刺されてますよ」


「……どうしたらいいと思う」


「何故、私に訊くんですか。

 っていうか、もう血も固まってますよ。


 大丈夫なんじゃないんですか?」

と言うと、悪魔は怒り出す。


「無責任なことを言うなっ、娘っ。

 引き抜いた瞬間に、血がドバッと出て、死んだらどうするっ!?」


 えーと。

 貴方、悪魔なんですよね?


「魔力でどうにかしたらいいんじゃないですか?」

と言うと、


「そんなことが出来るのなら、おめおめとこんなところに封じられてはいないっ」

と悪魔は言い出す。


 いや、そこは威張るところではない。


「娘、とりあえず、私を起こせ。

 そうっとな」


 そう命じてくる悪魔に、

「痛くて起きれないんですか?」

と問うと、全身がな、と悪魔は言う。


「長い間寝ていたからかな。

 全身が痛い」

と悪魔は言った。


「……遊び疲れて寝て、日付が飛んじゃった学生みたいですね」


 めんどくさい悪魔だな~と思いながらも、このままでは埒があかないので、未悠は騒ぐ悪魔を起こしてやった。


 その背中と腰に触れたが、生身の男と変わらない感じがした。


 だが、座り直した悪魔は偉そうな態度で言ってくる。


「で、娘よ。

 何用だ」


 いや、とりあえず、刺さっているその剣をどうにかしてから言って欲しいんだが。

 気になってしょうがない、と思いながらも、未悠は言った。


「ちょっと確かめたいことがあって此処に来たんですけど。


 あの、その前に確認してもいいですか?


 貴方、本当に悪魔なんですか?


 此処も魔王の城にしては、なんにも敵とか出なかったですけど」

と未悠が後ろを振り返りながら言うと、悪魔は、


「勝手に格上げするでない。


 私は悪魔だ。

 魔王ではない」

と言う。


「あのー、悪魔って、なにが出来るんですか?

 さっきから見てたら、普通の人との違いがよくわからないんですが。


 ああ、剣が刺さってても生きてるようですが。


 こう、魔力的なものとかあるんですか?」


 こうして話していても、噂のように、魅入られたりとか、妊娠したりとかしそうにないんだが。


 そう思いながら、未悠は、訊いてみた。


「例えば、こう、ひょひょっと私の傷を治してくれるとか?」


 悪魔は少し考えたあとで、未悠の後ろを見、言ってきた。


「そこの棚の上に、木の箱がある」


 はい、と振り向き、確認すると、

「あれに消毒薬と包帯が入っているから……」


「待ってください。

 魔力はどうなりました?」


「私にはなにも出来ぬ」

と悪魔は言い出す。


 おいおい。

 この人、偉そうになに言ってんだ、と思いながら、


「貴方、悪魔なんですよね?」

ともう一度、確認するように悪魔に問うと、


「人は私を悪魔と呼ぶな。

 世話になった兄上の嫁を寝とった悪魔だと」

と言う。


 ん?


「毒を盛られて、死んだはずが、使われた解毒剤の副作用か。

 あれから何百年も、コンコンと眠り続けている」


 いや、死んでるのかもしれんな、と悪魔は言う。


「ほとんどの時間を死んでいて、たまにこうして生き返るのだ。


 先ほどからしていたお前の血の匂いのように、なにかの刺激があったときには」


 待て。

 寝ている間におのれが刺されたことは、刺激にならなかったのか?

と思ったが、悪魔は構わず言ってくる。


「だから別に寿命が長いわけでもない。

 何度も目を覚ましていたら、そのうち死ぬだろうよ」


「じゃあ、寝てください」


 悪魔が言い終わらないうちに、未悠はその両肩をつかみ、寝かそうとする。


「なんだ、お前は」

とようやく眠りの封印が解け、起き上がったばかりの悪魔は抵抗してくる。


 だが、未悠は更に体重をかけるようにして、悪魔をベッドに押しつけようとした。


「寝てくださいっ。

 今、寿命が尽きたら、私が殺したみたいになるじゃないですかっ」


「誰も言ってないであろうが、そんなことっ。


 今、起きたんだっ!

 もうちょっと起きていたいに決まっておるであろうっ」

と悪魔は未悠の両の手首を握り、必死に抵抗してくる。


「未悠……」

と戸口の方で声がした。


 振り向くと、アドルフとヤンとシリオが立っていた。


「お前が悪魔を押し倒してどうする……」


 どうやら心配して来てくれたらしいアドルフが、そう言ってくる。


 未悠は、はは、と笑って誤魔化そうとしながら、馬乗りになっていた悪魔の上から降りた。





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