はいっ、喜んでっ!
「未悠、何故呼ばれたのか、わかるな?」
部屋に着くなり、アドルフが威圧的にそう言ってきた。
「……はい」
と未悠はおとなしく頷き、アドルフの前に頭を垂れる。
そのままじっとしていると、
「どうした。
何故、動かない」
とアドルフは言ってきた。
「いえ、ぽこっと殴られるのかなーと思って」
と言うと、
「ぽこっと殴られるくらいで済むと思っているのか、おめでたいな」
と腕を組んで自分を見下ろし、言ってくる。
「では、私を王子妃にするのをやめて、お暇を出してください」
と頭を下げたまま未悠が言うと、
「そんなお前が望むままな罰があるか」
と呆れたように言ったあと、アドルフはソファに腰をかけると、
「座れ」
と言ってきた。
「何処にですか?」
「私の隣に決まっているだろう。
それとも、膝の上にでも座ってくれるのか」
と言い出したので、
いえいえいえ。
ご遠慮致します、と思いながら、未悠はアドルフの隣に腰掛けた。
彼の顔を見上げ、未悠は謝る。
「すみません、アドルフ様。
私が出過ぎた真似をしたせいで、アドルフ様を恐ろしい悪魔の子にしてしまいました」
だが、アドルフは、
「心配ない、元からだ」
と軽く流したあとで、
「私が怒っているのは、そのことではない」
と言う。
「未悠。
ひとりであの森に行こうとするな。
お前まで悪魔に絡め取られたらどうする?」
未悠は少し迷って、その言葉を口にした。
「でも、もし、あの噂が本当なら、その悪魔、貴方のお父様ということになりますよね?
ということは、私は息子の嫁。
ご無体な真似はなさらないのではないかと思うのですが」
「……お前、悪魔にそのような常識があるとでも思っているのか。
常識がないから、悪魔というんじゃないのか?」
うーん。
まあ、確かに、と思っていると、アドルフは繰り返し言ってくる。
「未悠。
あの森には近づくな。
あそこに本当に悪魔が居るかどうかはわからないが、お前はあそこから来たんだろう?
お前が森に入ったら、また、ふっと消えてしまいそうで嫌なのだ」
そんなことをアドルフは言ってくる。
そのまま未悠を見つめ、
「ちょっといいか」
と未悠の膝に頭をのせてきた。
アドルフは、そのまま目を閉じる。
うわー。
だから、目を閉じられると余計綺麗に見えて、ぶちたくなるんですけどー。
そう思いながら、未悠は王子の顔を眺めていた。
塔の悪魔は本当に、これと同じ顔をしているのだろうか?
あのとき、エリザベートの放った言葉が、ずっと未悠の心に引っかかっていた。
しばらくして、アドルフは目を開けた。
「すまない。
ちょっと横になるだけのつもりが寝ていたな」
と言う。
いえ、と言いながら、やっぱり王子って疲れるんだろうな、と思っていた。
生い立ちからして、あまり心を許せる人も居なさそうだし。
そんなことを思っていると、身を起こしたアドルフが言ってきた。
「お前に誰か見張りをつけよう。
二度と無茶をしないように。
……シリオでは丸め込まれそうだからな」
そう呟いたアドルフは扉を開けると、その前に居た若い兵士に向かい、呼びかけた。
「お前、しばらく未悠についていろ」
「えっ?
はっ、はいっ」
ありがたき幸せっ、と兵士は深々と頭を下げている。
「此処の守りを任されているくらいだから、実直な男だろう。
ちゃんと未悠を見張っていろよ」
はいっ、と王子に言葉をかけられ、感激したように、男は背筋を伸ばしていた。
なんとお美しい。
天使のようだ。
いきなりの大役を
王子の部屋の番は他の者を寄越してもらい、代わってもらったのだが、交代で来た男にも、一時的にだが、未悠のお付きの者となることをとてもうらやましがられた。
未悠のドレスの似合う、ほっとりとしたシルエットを見ながら、
身体つきもあまり肉感的でなく、中性的だし。
なにやら、この世のものではないような、と未悠が聞いたら、頭突きを食らわせてきそうなことをヤンは思う。
ヤンはホールの警備もしていたので、花嫁選びのときから、未悠を見ていたのだが、あのときから、未悠は他の娘たちとはなにかが違うと思っていた。
まあ、ある意味、なにかが違ってはいるのだが――。
階段を下り、王子の部屋から離れると、未悠は足を止める。
自分を振り向き、言ってきた。
「貴方がヤンね」
お名前を呼んでいただけたっ。
「よろしくね」
微笑んみかけてくださったっ!
「アドルフ王子はああおっしゃっていたけど。
私は王子のために、呪いを解く手がかりを探したいの」
なんとおやさしいっ!
「私ひとりなら心配だけど。
ヤンが居れば大丈夫なんじゃないかしら?」
この平民出の私が王子妃様に頼りにされるんてっ!
「いや、未悠も平民だぞ」
とシリオが居たら言ってくるところだったろうが。
程よく(?)正気に返らせてくれる人間が居なかった。
高貴な人間がまとう良い香りが間近でして、くらりと来ていたところに、手を取られる。
細いのに柔らかい未悠の白い指が剣しか握ったことのない自分の手を握ってきた。
「もう一度、森に様子を見に行きたいの。
私についてきてくださる?」
「はいっ、喜んでっ」
王子は人選を間違った――。
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