……昇格させてしまいました

 




 やっぱり、そうか、と思いながら、未悠が歩いて行こうとすると、

「お待ちなさい!」

と焦ったようにシーラが言い出す。


「今の話、私がしていたなんて……」

という彼女は珍しく青ざめていた。


 余程、この話はタブーらしいな、と思いながら、

「別に言わないけど。


 そう……。

 話してはまずい話だったのねえ」

と庭を囲む二十メートルはあろうかというイチイの高い生垣を見上げながら、未悠が言うと、


「あんた、私を脅してるのっ!?」

と言ってくる。


「脅してないけど、この向こうにはどうやって行くのかしら?

 一回、城から出てからしか行けないのかしら。


 ねえ、シーラ。


 ……脅してないけど」

と繰り返すと、脅してるんじゃないのよっ、と言われてしまう。


「物好きね」

とシーラは呆れたように溜息をついたあとで、


「何処から出られるのかは私もよく知らないけど。

 抜けられる場所はあるようよ」

と教えてくれた。


「まあ、そうでしょうね。

 王妃が行けたくらいだから」

と言いながら、やっぱり、このみっしり茂った木が怪しいんだよな、と思いながら、その枝葉に触れてみる。


 上から下まで詰まっていて、何処も抜けられそうには見えないけど。


「そういえば、この高い生垣は城の庭を囲ってるけど。

 城の表側に見える石の城壁は、ぐるっと広く城を囲ってるわよね。


 もしかして、問題の森の辺りも囲うように?」


 そう問うと、迷いながらも、シーラは渋々話してくれた。


「森の一部を囲ってるのよ。

 ……例の塔がある辺りまでよ。


 美しい悪魔が棲むとかいう」


 悪魔ねえ、と思いながら、

「じゃあ、塔も城の管轄ってことね。

 もともとは城の一部だったのかしら」

と言いながら木を見上げていると、


「ねえ、いい加減にしなさいよ。

 もう戻らないと――」

とシーラは後ろを気にしながら言う。


 抜けられるとしたら、やっぱり、この辺りだと思うんだけどな。


 城を囲むイングリッシュガーデン風の美しい庭の中でも、此処はあまり人目につかない場所だ。


 此処らの生垣が怪しいと思うんだけど。


 そう思いながら、未悠は木々に触れながら歩く。


 アドルフは言っていた。


『私のこの顔には呪いがかかっているんだよ』


『私がこの顔生まれたこと。

 それ自体が呪いなのだ』


 アドルフの母は呪いの塔に近づいたのだろう。


 そのあと妊娠が発覚する。


 だから、みな、思っているのだ。


 アドルフは王の子なのか、その悪魔の子なのかわからないと――。


 あの誰もが見惚れる美しい顔をアドルフが嫌うのは。


 その顔に、王になれない呪い、そして、身内に愛されない呪いがかかっているからだろう。


 ねえ、と未悠はシーラに呼びかける。


「塔の悪魔は美しいって言うけど、誰か見たことあるの?」


「さあ? でも昔からそう言うわね。

 悪魔が若い娘をおびき寄せるためにそう言っているのだという人も居るけど。


 ……悪魔の顔は見たことはないけど」


 そこで、シーラは言葉を切った。


 だが、その先に続く言葉はわかる気がする。


 アドルフ様がお美しいから――。


 アドルフはきっと、王にはあまり似ていないのだろう。


「まあ、昔から、神よりも悪魔の方が美しいと言われるわよね」


 そう言いながら、未悠はまだ木々に触れて歩いていた。


「そうでなければ、人が悪魔に心を奪われるはずがないから。


 あっ、あったわ、シーラ!」


 え、なに? とシーラが身を乗り出してくる。


「此処、葉っぱが重なり合ってるだけで、抜けられるわよっ」

とその葉の中に手を突っ込んで見せる。


 そこの部分は硬い枝がなく、強く押せば、人が抜けられそうだ。


 王妃が此処を通ったのはもう随分昔だろうから、彼女が通り抜けたのは此処ではないかもしれないが。


 木の成長や剪定具合によって、位置は変わりながらも、こういう部分が何箇所か、この生垣にはあるのに違いない。


「ちょっと、なんでそんなもの見つけるのよっ。

 変なところで、ラッキーな女ねっ」


 やめて、行かないでよっ、とシーラは未悠の腕をつかんだ。


「側に居た私が、何故、止めなかったのかって責められるじゃないのよっ」


 どうせ行くなら、私の居ないときにしてっ、とシーラはいっそ気持ちがいいほど自己保身に走った言葉を吐きながら、未悠を止めようとする。


「そもそもなんであんた、そんなとこに行こうとするのよっ。

 王子じゃ不満で、悪魔にまで手を出そうって言うのっ?」


 いや、おかしいだろう……と未悠は思っていた。


 なんで、悪魔に私が食いものに、じゃなくて、私が悪魔を食いものにする話になっている。


 でも――。


 なんで、か。


 そうだな。

 なんでだろうな。


 王子妃に決まった今、シリオも自分を森に帰してはくれまいし、自由に外に出ることも許されないだろう。


 森へ行って、元の世界に帰りたいからか。


 それとも、偉そげなくせに、何処か寂しげな王子の呪いが解けないだろうかとか、ちょっと思ってしまっているからだろうか。


 自分は、この世界の人々のように、剣と魔法の世界で生きてきたわけではないので。


 ……いや、魔法があるかは知らないが、悪魔が居るから、あるかな、とは思うのだが。


 現代人な自分は、近づくだけで、妊娠する呪いがあるなどと、素直に信じることは出来ない。


「そういえば、会社の先輩にも居たわ」


「会社の先輩?」


「近づくだけで妊娠するとか、話すだけで妊娠するとかいう男の人が居たのよ」


 まあ、恐ろしい……とシーラは怯えるが、

「うん、まあ、違う意味でね」

と未悠は言った。


 よし、せっかく見つけたんだから、やっぱり、行こうっ! と未悠はシーラを振り返り、

「ねえ。

 私が居ないの、上手く誤魔化しといてよ」

と言って、生垣の葉っぱの中に顔を突っ込もうとした。


「いやっ、ちょっとなに言ってんのよっ。

 冗談じゃないわよっ。


 誰かっ。

 誰か来てーっ!」

と未悠の腕をつかんだまま叫び出す。


「あっ、裏切り者っ!」

と叫んだが、そもそも仲間ではなかった。


「えっ?

 あっ、未悠様っ?」


 うっ、こんな近くに思わぬ敵がっ。


 あの可愛らしい娘とアデリナが、思ったより、近くに居たらしく、シーラの声を聞いて、こちらに向かいやってきた。


 こ、困ったな、と未悠は思っていた。


 この子たちを巻き込みたくはない。


 ……シーラはともかく。


 そんなことを考えているうちに、騒ぎを聞きつけ、他の娘たちもやってきた。


「どうされたんですか? 未悠様」


 他の貴族たちまでやってきたので、仕方なく、未悠は、へなへなとその場に座り込んでみせた。


 シーラを見上げ、

「ああ、ありがとう、シーラ」

とその手をとる。


 シーラが、は? という顔をした。


「シーラ。

 貴女が止めてくださらなかったら、私、あの恐ろしい森へと行ってしまうところでしたわ。


 昨日、塔の悪魔の話を聞いたせいね」


 まあ、と娘たちが騒ぎ出す。


「やっぱり、本当なのね。

 あの噂を聞いたら、悪魔の呪いにかかって、塔へといざなわれてしまうというのは」


 いやいやいや、娘さんたち。


 それだと貴女がたも聞いたときに、誘われてるはずなんですけどね、と思ったのだが、素直な娘たちはその話を信じ、盛んに心配してくれる。


 ……ご、ごめんね、と思いながらも、事態を大きくしないために、未悠は呪われた風を装い、座り込んでいた。


 シーラだけが、あんた、どんな口から出まかせよっ、という顔をしていたが、シーラもまた、これ以上騒ぎが大きくなって、おのれの罪を問われないようにか黙っていた。


 未悠はシーラの手を握ったまま彼女を見上げ、

「ありがとう、シーラ。

 貴女は私の恩人よ」

と言った。


「まあ、さすがはシーラ様ね」

「さすがは賢いシーラ様だわ」

と娘たちは感心している。


 シーラもこちらには怒ったような顔を見せながらも、満更でもなさそうだった。


 だが、そこで、ひそひそと話している男たちの声が聞こえてきた。


「今度は未悠様が――」


「王妃様のときといい、もしや、塔の悪魔は王子の妃となるものに呪いをかけるのか?」


 しまった。


 新たな呪いの項目を増やしてしまった。


 そして、男たちは、なんと恐ろしい悪魔だ、という結論に達してしまう。


 あ、悪魔の人。

 見たことも会ったこともないのに、罪を増やしてすみません。


 そして、王子の呪いを解くつもりが、王子を『悪魔の子』から『恐ろしい悪魔の子』に昇格させてしまいました。


「未悠……」


 いつの間にか来ていたらしいシリオにすごい形相で睨まれた……。




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