王宮の秘密


 翌朝、未悠が王子に連れられ、広間に下りると、みながあらたまった様子で出迎えてくれた。


「おはようございます、未悠様」


「おはようございます」


 自ら次々と進み出ては、王子だけでなく、未悠にまで深々と礼をしてくる。


「えーと、これは一体……?」

と呟くと、いつの間にか側に来ていたシリオが、自らも王子と未悠に挨拶をしたあとで、


「当たり前だろう。

 一夜明けた今、お前はもう王子妃になったも同然なのだから」

と言ってくる。


 いやいやいや。

 私、この人とまだ、なんにもしてませんけどね、と思いながら、未悠はアドルフを見上げた。


 アドルフはちらとこちらを見たあとですぐ、また、阿呆なことを言い出すなよ、という顔をした。


 そのとき、

「未悠様」

と微笑んで声をかけてきたのは、あの娘だった。


「おはようございます、未悠様」

と嬉しそうに挨拶してくる。


「あ、おはよう。

 ねえ、昼までは居るんでしょ?


 あとでお茶でもしよ?」

と言うと、娘は感激し、


「あっ、ありがとうございますっ」

と何故か涙ぐむ。


「アドルフ様」


 誰かがアドルフが呼び、彼が何処かに行ってしまっても、みな、未悠に丁寧に挨拶してきた。


「うーむ。

 なんなんでしょうね、昨日までとのこの差は。


 私が社長と付き合っているという噂が流れたときも、こんなじゃなかったのに」

ともらすと、


「付き合ってると結婚、違うだろ。


 っていうか、そうか。

 お前は前に男が居たんだったな。


 生娘じゃない王子妃ってどうなんだ?」

とシリオが横で呟いていたが。


「……生娘ですよ」


 そんなセリフも言うのもちょっと恥ずかしいが、誤解がないよう、そう言うと、

「待て。

 お前、その男と付き合ってたんだろ?」

と確認される。


「付き合ってましたよ?」


「……お前の言う付き合うってどんな感じだ?」


「えーと。

 一緒にご飯食べに行ったり、お酒呑んだり……?」


「それは、俺の中の定義では、付き合ったうちには入らんっ」


「ええーっ。

 シリオ様、穢れてますねーっ」


 大事なのは、心が通じ合ってるかどうかでしょーっ、と叫ぶと、


「お前は何処の小娘だ。

 歳もサバ読みまくってるくせにっ。


 第一、心が通じ合ってるとか、恋人とはいえ、他人なのに、何故わかるっ。


 お前、その辺の娘たちの方が余程進んでるぞっ」

とシリオはシーラたちが居る方を指した。


 あの辺りの集団は、こちらを見ては、ひそひそと話している。


 うむ。

 あまり好意的ではなないようだ。


 その様子に、昨日の王子の、お前は戦いを勝ち抜いて此処に居るのではないのかっ、というアスリート的な言葉を思い出していると、いきなり、


「いやあー、未悠様ーっ」

と朝っぱらから、調子のいい声がした。


 ガンビオだ。


「私は未悠様が選ばれると思っておりましたぞ!

 一目見たときから、私は未悠様の大ファンですからなっ」

とご機嫌で言ってくる。


 膝までついて挨拶してくるガンビオを見下ろしながら、シリオが冷ややかに、

「……まあ、ある意味な」

と言っていた。




「あら、未悠様。

 どちらへ?」


 朝食後、城の庭に出ていると、ちょっと険のある声が聞こえてきた。


 見ると、シーラが立っていた。


 今日もゴージャスなドレスだ。


 かと言って、品が悪くなるほどでもなく、基本、センスがいいのだろうな、と思い、見ていると、シーラがなにかいろいろと嫌味を言ってきた……


 らしい。


 らしいというのは、昔から、特に聞く必要のないことは、耳から入っても、脳まで入っていかないというちょっと得な体質、いや、性格をしているからだ。


「ところで何処へ行かれるんですの?」


 ずいぶん言って、すっきりしたらしいシーラがそう訊いてきた。


「えーと、散策?」


 っていうか、さっきから、貴女と一緒にずいぶん歩いてますけどねー、と思うその横をシーラはまだついて歩いてくる。


「だいたい、王子妃なんて、なんの自由もありませんもの。

 ある程度の家の娘なら、かえって避けるくらいですわ、ええ」


「そうなんだー」

と言いながら、これ以上は行けないな、と森を見上げる。


 城の周りは、ぐるりと剪定された高い木々で囲まれているからだ。


「貴女のような庶民は思ってもみなかったような優雅な暮らしができていいでしょうけど」


「そうなんだー」


 ちょっとっ、とシーラが怒り出した。


「貴女、人の話、本当に聞きませんわねっ」


「そうなんだー。

 ねえ、シーラ」

と呼びかけると、本当に呆れたような顔をして、もうそれ以上文句は言ってこなかった。


「この先へ行くのには、どうしたらいいの?」


「貴女、莫迦ですの?

 この先は、例の森ですわよ。


 今、行ったら、貴女のお腹の子が王子の子か、あの悪魔の子かわからなくなってしまうでしょ。


 おき……」


 なにか言いかけて、シーラは止めた。


 それにしても、シーラももう自分とアドルフの間になにかあったと思っているようだ、と思いながら、未悠は訊いた。


「……お妃様のように?」


 そう言うと、シーラは黙る。




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