この娘は、私からの貢ぎ物です
どうぞどうぞ、私からの貢ぎ物です、とばかりにシリオは未悠の腰を押し、アドルフの前へと突き出した。
「シリオ様~っ」
と振り返ると、
「いやあ、よかったな、未悠。
実際、森に行ってみたところで、簡単に向こうの世界に戻れるとはお前も思ってなかったろ。
これで此処に居る間の生活は安泰だ。
怪しいお前を雇ってくれた、恩ある酒場のマスターたちにもいい暮らしがさせてやれるぞ」
うっ、痛いところを突いてくるな、と思っていると、シリオはアドルフを見、明らかに、おっと、なにか王子のことにも触れておかねば、という顔をしたあとで、
「アドルフ王子はいい結婚相手だと思うぞ。
無表情で、なに考えてんだかわからないところもあるが。
男前で、地位も安泰……
してないけど。
やさし……
くもないが、……とりあえず、王子だし。
ほら、王子様と結婚って、女子の夢だろ?
お前たちの世界では違うのか?」
と言うシリオに、あのー、迷いながら、王子を褒めるくらいなら、いっそ、褒めない方がマシだと思うんですが。
なんか苦しそうですよ、と思っていた。
っていうか、シリオ様よりはまだ私の方が王子の評価、高いような気がするんだが。
そういえば、いつぞや、シリオ様が、あの王子には思うところがあるとか言ってたけど。
あれは、王子には恩がある、という意味だったんだな。
紛らわしい言い方しおって、と思いながら、未悠はシリオに問うてみた。
「では、この短剣、私は結局、鞘から抜いてはいないのですが。
偽物だったのですか?」
いや、とシリオは言う。
「……では、毒が塗ってあるというのは?」
「本当に塗ってある」
「……本当に私が刺してたら、どうされるおつもりだったんですか?」
「大丈夫だ。
その毒、いきなり意識を失い、二、三日眠るだけだから」
シリオは軽くそんなことを言ってくる。
その、いきなり意識を失う場所によっては、かなり物騒なんじゃ……と思いながら聞いていた。
二、三日眠り続ける、か。
それだとほんと、王子が眠り姫みたいだな、と自分が刺して倒れたあとの王子を想像してみた。
この人を刺していたら、すっきりしてただろうか、と目の前の王子を見上げたあとで、
いや、所詮、似た顔なだけで、あの人とは別人だしな、と思う。
そして、自分の心の中の王子と社長の位置が、ずいぶんと離れた場所にあることに気がついた。
当たり前か。
顔が似てるだけだもんな、と思ったとき、シリオが言った。
「単に、殺せと言ったら、お前、やるときは徹底的にやりそうだからな。
それで、ちょっと怖いなと思って。
毒が塗ってあるから、軽く刺せと言ったのだ」
塗った毒の効果で、麻酔を打たれたように、刺されても痛くなくなるのだと言う。
「痛くないかどうかはともかくとして、未悠がやる気になっていたら、私は刺されてたんだよな?」
とアドルフがシリオに確認している。
だが、シリオは話をそらすように、未悠が脚に隠している短剣を指差しながら言った。
「この短剣、実は値打ち物なんですけど。
未悠は持っても逃げたりもしませんでしたよ。
いやあ、王子、いいお妃を選ばれましたね」
「いや、刺されてたんだよな?」
と繰り返すアドルフの言葉を無視し、いやあ、よかったよかった、とシリオは勝手に話をまとめようとしていた。
シリオ様、ちょっと、と言って、未悠はシリオを廊下へと連れ出した。
王子の部屋から出た瞬間に、
「殴ってもいいですか?」
と未悠が言うと、側に立っていた見張りの兵士がぎょっとした顔をする。
「お前、もうちょっとオブラートに包んで言えんのか」
とシリオは渋い顔をしていた。
「いえいえ。
なんかまんまとはめられたのが悔しくて」
そう訴えたが、シリオは、
「まあ、いいじゃないか。
お前も王子のことは、満更でもないんだろ?」
と扉の方を見ながら言ってくる。
エリザベートと今後の話をしているらしい王子の話し声が漏れ聞こえていた。
「お前が支えて、アドルフ王子を王にしろ。
私にお鉢が回ってきてはかなわんからな」
うむ。
そういうことか、と未悠は思った。
アドルフに恩があるのも本当のようだが。
自分が王になりたくないから、みんなでアドルフを支えて、王位に押し上げたい、という思いもあるようだった。
「シリオ様は、王位継承権をお持ちなのですね。
みながアドルフ王子の次はシリオ様だと。
シリオ様は、王になりたくはないのですか?」
「なりたいわけないだろう。
こうして、花嫁さえ、勝手に決められてしまうのに」
いや、勝手にって、今、まさに貴方が勝手にアドルフ王子に私を押し付けようとしてるんですよねー、と思う。
「ところで、王子に恩ってなんですか?」
と訊くと、シリオは少し声を落とし、言いにくそうに言ってきた。
「……実は昔、問題のあるアバンチュールが発覚しかけたとき、王子がかばってくれたのだ」
「へえ、問題のあるアバンチュールって?」
と振ったが、まあ、ともかく、とシリオは勝手に話を打ち切ろうとする。
余程、まずい相手か、今となっては思い出したくない相手らしい、と思っていると、シリオは語り出した。
「私が王になるより、人格者……
ではないかもしれないが、なんとなく憎めないアドルフ王子がなった方がいいだろう。
国民も喜ぶ。
なっ」
と同意を求め、側で一生懸命聞かぬフリをして立っている兵士に話を振る。
えっ?
はっ、はいっ、と強制的に返事をさせられていた。
「なんとなく憎めない、という点では、貴方もアドルフ王子も一緒ですよ。
騙された私が言うのだから、間違いはないです、ええ」
未悠は嫌味まじりにそう言ってみせた。
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