どうだ? やるか?



 さすがは最終日。


 娘たちは一人ずつ王子の前に出て、共に踊るようだった。


 めんどくさそうにやってるなあ、と未悠は隅のテーブルで酒を呑みながら、その様子を眺めていた。


 アドルフは一見、ただの無表情なのだが、やりたくないオーラを漂わせている。


 ただ、娘たちは、美しい王子と踊ることで舞い上がり、彼が義務的に踊っていることなどどうでもいいようだった。


「おい、未悠。

 私に恥をかかすなよ。


 ダンスくらいちゃんと踊れよ」


 この間は踊れたろ? と同じテーブルに居るシリオが確認してくる。


「……でもあれ一回しか踊ってないんですけど」

と言うと、


「いや、初めてにしてはなかなか。

 もともとなにか踊りをやってたのではないのか?」

と訊いてくる。


 未悠は王子を見たまま、

「クラシックバレエを二歳から」

と呟く。


 そうか。

 踊るのなら、酒はほどほどにしないとな、とちょっと思った。


 足許でもフラつこうものなら、自分が王子を殺す前に、シリオに殺されそうだ。


 そういえば、こちらの世界に来てから、酒で失敗したからと、ずっと節制していたのだが。


 あのとき、酩酊して寝たら、この世界に飛んだんだった。


 酔って森で寝てみたら帰れるだろうか、あの世界に。


 ……そういえば、明日までにまとめとけと言われた書類があったんだった。


 明日か。


 明日ね……。


 あれから自分たちの世界では、どのくらいの時間が流れたのだろう。


 それとも、これは全部夢で、やっぱり、自分はまだ、一升瓶を抱えて寝ているのだろうか、と思う。


 しかし、フラれて寝て見た夢にしては、随分とキラキラとした美しい夢だな、と思い、眺めていた。


 着飾った娘たちや豪奢なホール。


 そして、美しい王子。


 そのとき、シリオが、

「お前、バレエをやっていたのか。

 どうりで動きが様になっていると思ったぞ」

と言ってくる。


「あれ? この世界にもバレエってあるんですか?」

と訊くと、あるだろう、とシリオは言う。


 おかしなことを言うやつだ、と言うように。


 まあ、そうか。


 この世界にも葡萄酒ってあるんですね、と言うのと大差ないことなのかもれしない。


「お前の言うバレエがこの世界のものと一緒かは知らないがな」

と言うシリオに、


「此処のバレエってどんなのですか?」

と訊くと、


「脚出して踊る奴だろ」

と言う。


 その程度の認識なんですね……。


 芸術性は何処に? と思ったが、もともとそういう理由でチュチュが短くなったという話も聞かないでもない。


 いや……、私は美しい動きを見せるためだと信じたいんだが。


「しかし、それで、すぐダンスにも適応出来たし、お辞儀の形も美しいんだな」

と言うシリオに、


「いえ、あのお辞儀はやり方がよくわからなかったので、アデリナのを真似ただけなんですよ」

と言うと、


「それがさっと出来るというのが、美しい動きの基礎があるってことだろ。


 さあ、行け。

 そろそろお前の番だぞ。


 品評会に参加して来い」

とグラスを取り上げ、言ってくる。


 品評会ってな、と思っていると、

「品評会だ。

 王子に見初められなくとも、他の男が嫁にと言ってくることもある。


 ……まあ、こんな片隅で、呑んだくれてたり、ギャンブルやってたりするような女をいいという男が居るかは知らないが。


 王子に選ばれなかった時点で、私的には、お前の役目は終わったという感じなんだが。


 他の男が言い寄ってきたら、どうするかな?


 まあ、嫁に行きたきゃ、このまま後見人で居てやってもいいぞ」

と言ってくる。


「心配しなくても、王子も他の人もないと思いますよ」

と言って、未悠は立ち上がった。


 係りの人らしき男が手招きをしているので、そちらに行き、順番を待つ。


「あら、未悠様」

と朝も会った娘が話しかけてきた。


「楽しみですわね、アドルフ様と踊るの。

 いい土産話が出来ますわ。


 ほら、うちの両親も名誉なことだと、楽しみにしてますの」

とそういえば、身を乗り出すようにして、我が娘の番を待っているらしい夫婦が見えた。


 貴族なので、もちろん、取り乱すようなことはなく、楚々そそとしているのだが、その顔つきは、運動会で娘がリレーの選手に選ばれたので、新しいビデオカメラを買っちゃったよ、お父さんっ、という感じだった。


 微笑ましいな、と思って笑ってしまう。


 きっと、この日、王子と花嫁候補として踊ったことは、彼女が別の男の許に嫁いでも、懐かしい思い出話として、あの家族の中に残っていくのだろう。


 アドルフ王子は嫌がるけど。

 そう思うと、この行事も悪くないのかな、と思ってしまう。


 そんなことを考えながら、ちょっと笑って、今踊っている娘を見ていると、アドルフがこちらに気がつき、なんなんだ……という顔をした。


 いいから踊れ、としっしっ、と払いそうになったが、王子だった。


 不敬の罪で首など斬られてはかなわないので、そこは、ぐっと堪えた。


「未悠様。

 私、とても楽しかったです」

と小柄なその娘が自分を見上げ、言ってくる。


「また皆様とお会いしたいです。

 王宮でじゃなくてもいいですから。


 あ、王宮だとより一層楽しいですけど」


「そうだね。

 また会いたいね」


 この子たちともお別れか、と少し寂しく思っていると、娘は微笑み、

「そういう会を催されるときは、ぜひ、私も呼んでくださいね」

と言ってきた。


 ……私が会を催す機会などないと思うんだけど、と思ったが、自分の番になった娘は、不思議な笑みを残し、行ってしまった。


 間近に見るアドルフに緊張しながらも、ぎこちないが、可愛らしく踊っていた。


「さあ、未悠様。

 最後です」

とその娘のあと、係りの者に言われた。


 そういえば、これって、エントリー順なのか?

 私が最後のようだが、と思いながら、王子の許に行く。


 曲はそう長くはない。


 踊り出してすぐ、アドルフは言ってきた。


「やれやれ。

 お前でやっと終わりだ」


「……お疲れ様です」

と出所してきたアニキを迎えるような口調で言ってしまう。


 だが、王子は連続して踊っているので、大変なのだろうな、とは思う。


「未悠」

 耳許で王子が囁いてきた。


「これ以上、こんなことを繰り返すのはめんどくさいから、お前が妃になれ」


「……嫌です」


 お前、なに言ってんだーっ! とシリオが聞いていたら、叫ぶところだろう。


 だが、この顔がいけないのだ、この顔が。


 私をフッたその顔で、妃になれとか言われても。


 いや、この人がフッたわけではないが。


 理性が感情を抑えつけられない。


 反射的に断ってしまっていた。


 だいたい、私が妃になったら、貴方、刺されて死にますよ、と思いながら、踊り終える。


 そのあとは、いつものように、あちこちでみな、歓談し始めた。


 先程の娘は両親と楽しげに話している。


 こちらに気づいて手を振り、両親に紹介してくれているようだった。


 軽くお辞儀をして、シリオのところに戻ろうとしたが、居ない。


 さっきのグラスは、と思っていると、誰かが新しい酒の入ったグラスを差し出してきた。


 振り向くと、アドルフだった。


「未悠。

 賭けをしようじゃないか」


「賭け?」


 アドルフはカードを出してくる。


「私が勝ったら、お前、私の妃になれ」


「負けたら……?」


 どうも負けたときの想定はない気がしたが、突っ込んで訊くと、

「報奨金をやって、お前をこの城から放逐してやろう」

と言い出した。


 いや、放逐って、なにか悪いことしたみたいになってますけど……と思う未悠に、


「どうだ?

 やるか?」

とカードを手に訊くアドルフが訊いてくる。


「……いいですよ」


 まあ、いいか。

 勝てばいいんだ。


 王子、弱いし。


 よしっ。

 お世話になったマスターたちに、手土産買って帰るぞっ、と未悠は勝つ気満々だった。






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