頭でも打っているのか、お前は

 

 食堂から出たシリオはアドルフと出くわした。


「アドルフ王子、うちの未悠は気に入りませんでしたか?」


 開口一番そう言うと、

「何故、お前はそう、未悠を私に押し付けたがるのだ」


 お前が連れてきた娘なら、他にも居るだろう、と言われる。


「いえいえ。

 ああいうのが一番お好みかと」

と言って、


「なにを根拠に……」

と言われてしまうが。


 いやいや。

 なんだかんだで、未悠を部屋まで呼んでいるではないですか、と思っていた。


 アドルフ王子のことはよく観察しているので、趣味もわかるのだ。


 だが、真実、未悠をどう思っているのか、その感触を確かめるべく、

「では、王子。

 好みでもないのに、何故、未悠を部屋にお呼びになったんです?」

と突っ込んで訊いてみると、


「夕べは暇だったので、誰かと語り合いたかったのだ。

 他の娘は私が見つめると、赤くなって視線をそらすばかりで会話にならない」

と言い訳してくる。


「アデリナ嬢などはそんなこともないんじゃないですか?」

と言ってみたのだが、


「……あれは恐ろしい」

とアドルフは言う。


 王子に恐れられるってどうなんだ、アデリナ嬢、と思いながら、

「じゃあ、エリザベート様は?」

と言って、


「頭でも打っているのか、お前は」

と渋い顔で言われてしまった。


 いやいやいや、王子。

 話し相手というだけなら別に、母親より年上の女でもいいではないですか。


 やっぱり、そういうお相手をお捜しになってるんでしょう? と思ったが、そこはさすがに、言わなかった。


 しかし、孤高の王子も口では、なんのかのと言いながらも、やはり、伴侶の欲しいお年頃なのだな、と思う。


 たぶん、欲しいのは夜伽よとぎの相手ではなく、心を許せる話し相手なのだろうが。


 未悠と居ると、とりあえず、退屈はしなくて済みそうだし。


 まあ、ちょっとよくわからない女なんだが、と思い、食堂の方を振り返ると、シーラのものらしき特徴ある甲高い声が、なんだかわからないが、未悠を怒鳴っていて、みんなは笑っていた。


 ……また、なにをやらかしてるんだ、あの娘は、と一応、後見人の立場にあるので不安に思いながらも、見ないフリをして立ち去ろうとする。


 ふとアドルフを見ると、やはり、彼もなにやってるんだろうな、という顔でそちらを見ていた。






「さあ、いよいよ、王子が花嫁を決定される日です」


 舞踏会の前、シリオが用意してくれたという、気合いの入った真っ白でふわふわの素材のドレスを着せてくれながら、エリザベートが言う。


「今日、もう決まるんですか? 花嫁が。

 候補者たちと三日しか会ってないのに」

と未悠が言うと、


「三日見てたら、大体わかるだろ、人となりも」

と仕切りの向こうからシリオが言ってくる。


 未悠は、エリザベートの部屋で着替えさせてもらっていた。


 エリザベートは巻いた未悠の髪のサイドを几帳面に結い上げながら、

「未悠。

 王子の妃に選ばれなさい」

と命じてくる。


「え。

 何故ですか……?」


「こんな催し、何度も開催されたら、迷惑だからです」


 ……そんな理由か。


「日々の仕事だけで大変なのに、余計な雑事は増えるわ。

 王室の出費は増えるわ」


 そんな理由で、私は将来を決められ、王子も嫁を押し付けられるのですね……。


「娘たちの滞在中にかかるお金は国が出しています。

 これを繰り返すなど、とんでもない浪費です。


 争いに敗れて去る娘たちにも、謝礼の形でお金が出ます」


「……豪勢ですね」


 ということは、私にも謝礼が、と思っていると、

「私にも謝礼がとか思うなよ。

 お前は妃になるんだ」

とすぐさま、シリオが言ってくる。


 お前は妃になるんだっ、ってなにかのスポ根ドラマのようだ、と思いながらも、


 今もう、頭の中では、謝礼で買ったご馳走と、おかみさんの新しい服とマスターの新しい靴をたずさえて帰り、和気あいあいとみんなで呑んでいるところまで妄想が広がっていた。


 それを読んだようにシリオが言う。


「未悠。

 わずかばかりの金をもらうより、王子妃になった方が豪勢に暮らせるぞ。


 マスターたちにもいろいろしてやれるだろう」


「マスターたちはともかく、私自身は、特に豪勢に暮らしたいわけでもないんですが。

 あ、でも、私が妃になったら、シリオ様に偉そうな口をきいたりしてもいいわけですよね?」

と笑って言うと、


「いいわけないだろう」

とすげなく言い返される。


「お前を連れてきた私がお前の後見人だ。

 お前は私に永遠にペコペコし続けろ。


 盆暮れ正月の付け届けも忘れずにな」


「そんな習慣、この国にもあるんですね……」


「ちなみに、お前が妃になった暁には、エリザベート様が、お前の教育係だ」


 鏡の中でエリザベートがにんまり笑う。


 なんと恐ろしい女教師だ。


 ……ぜひ、王子妃になるのは、遠慮したい。


 でも、そんなことをエリザベート様に言って、期待させていいのだろうか、と未悠は思っていた。


 私がシリオ様の言う通り、王子を毒入りの剣でぶっすりやったら、なにもかもがパアになってしまうのに。


 そう思いながら、未悠は、王子妃選び最後の夜の舞踏会へと向かった。


 シリオに手を引かれ、会場に向かう途中、彼が囁いてくる。


「エリザベート様の手前、ああ言ったが、王子妃になると、決まり事も多く、なにも自由にはならないぞ。


 今度王子と二人きりになったら、すぐに王子を刺して、私のやる大金を持って逃亡しろ。


 お前の言う、王子が馬で散策していた森は、おそらく、この城の後ろの森だ」


 そうか。


 私が現れた森は、時計塔のある森だったのか、と気づく。


 此処に来たばかりで方向が不案内だったので、何処の森だかわからなかったのだ。


「奥には近づいてはならない場所があるから、私が森まで案内する」


 そう言われ、

「結構です」

と思わず言っていた。


「なんでだ?」

と言うシリオに、


「悪事に加担して、お金を手に、へっへっへっと逃げようとした小物は、大抵そういうときに始末されるものだからです」

と言うと、


「お前の何処が小物だ」


 私が逆に始末されそうだ、と呟いていた。


「まあ、そんなお前だからこそ、この役に選んだんだがな」


 さあ、行け、と開かれた扉の前へとシリオに連れ出される。


「王子の心を我が者にして、その妃の座を射止めるのだ」


 いや、無理です……と思いながらも、一応、笑顔で人々の前に出ると、いつぞやのアデリナを真似、優雅にお辞儀をして見せた。


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