なんだ、生きてるじゃないか


「なんだ。

 生きてるじゃないか、未悠」


 朝、食堂で顔を合わせたシリオは意外そうにそう言ってきた。


 完全な捨て駒扱いだな、と未悠が思っていると、シリオは小声で、

「待て待て、お前。

 剣の所持がバレなかったということは、王子とはなにもなかったのか」

と訊いてくる。


 はい、と言った未悠に、

「或る意味、すごいな……。

 朝まで一緒に居たのだろうに」

と言う。


 シリオはもう食べたあとだったらしく、しきりに失礼な感心をしながら、行ってしまった。


 その後ろ姿を見送っていると、


「未悠、こっちよ」

とアデリナが手を上げ、呼んできた。


 花嫁候補の女性たちはこの時間に食堂で食事をとるようになっているのだが、アデリナは今日も席を取っておいてくれたようだ。


 昨日は、二人で外のテーブルで食べたのだが、今日は窓側の大きなテーブルで、他の女子たちも居るようだった。


 私が行って大丈夫かな? と思ったのだが、みんな、なにやら楽しげに、昨日ダンスをした相手の話などをしていた。


 花嫁候補として集められても、王子はまだまだ雲の上の存在なので、身近で素敵な人の話題の方が盛り上がるようだ。


 そんなこんなで特に、喧嘩を売ってくるものもいないかと思われたのだが。


 斜め前に座る、幾重にも重なり合った白いレースの高そうなドレスを着た、シーラという娘が、険のある目でこちらを見、

「未悠。

 貴女、夕べ、王子の部屋に呼ばれたんですって?」

と訊いてきた。


 その言葉に、他の娘たちも一斉にこちらを向く。


「やだっ。

 そうなのっ?」


「アドルフ様のお部屋ってどんな感じっ?」


「アドルフ様はお部屋ではどんな風にくつろいでらっしゃるの?」


 娘たちは口々に未悠に質問してきた。

 興味津々といった感じだ。


 あまり険悪にならないなと思ったら、アデリナと同じく、特に生活にも困っていない箱入り娘たちのようで、何処かのんびりしていた。


「どんな部屋って……。

 まあ、私が泊まっている部屋とは雲泥の差でしたね。


 この国って裕福なんですか?

 貴女がたのお部屋もあんなに立派なんですか?


 それとも、王族の部屋だけあんなにすごいんですかね?

 だったら、社員に利益を還元しない会社のようですね」


 そう率直な感想を言うと、

「ちょっと未悠、なに言ってんだか、わかんないんだけど……」

とアデリナにまで言われてしまった。


 だが、女子たちは気にせずに、それでそれで? と身を乗り出してくる。


「王子に呼ばれて部屋に行ったら、王子は、まず、凝った細工の入った銀の杯を出してきて」


 もちろん。

 シリオとともに、叩き出されそうになったくだりは省いた。


 うんうん、と娘たちは頷く。


「それに注いでもらった葡萄酒を飲み干すと、王子がカードゲームの続きをしないかと――」


「カードゲーム?」

とシーラが眉をひそめる。


「待って、未悠。

 貴女、なにしに行ったのよ?」

とたいして興味なさそうによそおっていたアデリナまでもが口を出してくる。


「えーと。

 カードゲームの続……」


 言い終わらないうちに、アデリナが、

「みんな、そんな話が聞きたいんじゃないのよ。

 もっとうっとりするようなロマンティックな話をしなさいよ」

と文句を言ってくる。


 いや、申し訳ないが、あとは、王子がまた負けて悔しがってたことくらいしか、話はないんだが―― と思ったあとで、そうだ、と思い直す。


「ゲームのあと、王子が疲れたとおっしゃって、ベッドに」


 娘たちが食べるのをやめ、また身を乗り出してきた。


「眠るまで、なにか話でもしろというから。

 ロールケーキで殺されかけた話をしていたら――」


「……なにそれ」


「そんなくだらぬ話はいいから、本でも読めと言われて、王子が眠るまで、お側で本を読んでたんですよ」


 また、そんなしょうもない、と言われるかと思ったが、一体、箱入り娘たちの頭の中では、どんな光景に仕上がっているのか、素敵……と彼女たちは、うっとりと妄想に浸っている。


「美しい光景ね、未悠様」


 まあ、確かに、目を閉じていても、美しい王子だった。


 まるで、あちらが眠りの美女だ、と未悠が思ったとき、シーラが、


「まさか、それで朝まで?

 つまらないわね。


 もうちょっと刺激のある展開はないの?」

と文句を言ってくる。


 いや、貴女、王子の妃になりたかったんじゃないんですか?


 私と王子に刺激のある展開が訪れてはまずいのでは? と思ったあとで、思い出す。


「そうだ。

 そういえば、時計塔って何処にあるんですか?」


 その途端、場が凍った。


「……時計塔がどうかしたの? 未悠」

とアデリナが珍しく緊張した風に訊いてくる。


 あれ?


 あまり触れない方がいい話題なのかな、と空気を読んで、

「いえ、昨日、時計塔がこの近くにある、と伺ったものだから」

と適当に誤魔化して言うと、


「城の後ろの森にあるわ。

 誰も近づかない呪いの塔よ。


 美しい悪魔が封印されているという噂なの」


 声をひそめ、更にアデリナは言ってくる。


「若い娘たちは特にあの塔を恐れるわ。

 近づいただけで、妊娠するという噂があるの」


 それ、違う意味で恐ろしい悪魔なんじゃ……と思っていると、

「未悠。

 その話、王子の前でしては駄目よ」

とアデリナに釘を刺された。


 でも塔の話は王子に聞いたんだけどな。


 王子はあの本を時計塔の下で拾ったと言っていた。


 そんな呪いの塔に王子は、一体、なにをしに行ったのだろう……。


 まあ、男は妊娠しないから、行っても別にいいのかもしれないが、と思っている未悠の前で、アデリナが言う。


「塔の話を聞いただけで、呪いがかかると言われているのよ。


 自らフラフラと塔へと向かってしまう娘たちも居るらしいわ。

 未悠も気をつけて」


 それ、単に行くなと言われれば行きたくなる人の性さがなのではと思って聞きながらも、禁断の話題を教えてくれたアデリナには、

「ありがとう」

と礼を言っておいた。


 それにしても、塔に近づいただけで妊娠した娘って本当に居るのだろうかな、と未悠は思ったが、それ以上突っ込んでは聞けない雰囲気だったので、そのまま黙っていた。


 娘たちは無邪気に王子の部屋の様子を聞きたがったり、自らをダンスの相手に選んでくれた貴公子の自慢話を可愛らしくしていた。


 それらの話に、シーラが聞かないフリをしながらも、ものすごく聞き耳を立てているのが感じられて、本人に気づかれたら怒られるだろうが、ちょっとだけ笑ってしまった。





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