第二話 徒花
「優人さん、買い出し行ってきます。」
「頼んだ。」
僕はマイバッグの準備をし、財布の中身を確認してから作業場を出た。
優人さんの家はそこそこ広く、一階は作業場、二階は生活スペースとなっている。正式に雇われた後に、通貨という概念を教わってから聞いたのだが、本人が言うには家族はいないらしく、趣味も煙草くらいなものなので貯金は有り余ってるそうな。つまり僕がいようがいなかろうが特に問題は無いらしい。
僕自身については一年経った今も特になにも変化はなかった。記憶が戻るわけでもなく、所々抜けている一般常識などを優人さんに埋めてもらい普通に生活していても問題ない程度になるまでに一週間も掛からなかった。
「No9018、ジュース買ってきておいて。お願いね。」
「かしこまりました。」
外に出るとこういったアンドロイドに頼み事をするという光景は一般化されている。アンドロイドも見た目はぱっと見普通の人間に見える。先日聞いた感情搭載型学習プログラムを知ったせいなのか以前とはこの光景が違和感のあるものになってしまった。
そして知ってしまったのがアンドロイドによる事件。
人為的なのかは分からないが、アンドロイドが暴走する事件がこの間ニュースでやっていた。事件の内容は男性型アンドロイドが女性を刺した通り魔のような犯行で幸い死者はでなかったようだが、あれはもしかしたら感情の意味を理解したアンドロイドによる復讐なのではないかと考えるようになった。
そうなるとこの普通に歩いている道ですら、いつ爆発するのか分からない地雷群のようにも感じる。
生活補助というだけあって力は人並み以上、学習能力でいったら並大抵の人間では太刀打ちできない。そんなことばかりを考えてしまう。
「すみません、このお店って分かりますか?」
「うわっ!」
考え事をしていたところに不意打ちで声を掛けられて思わず声を上げた。後ろにいたのは背の小さい女性だった。
「あ、驚かせてしまってごめんなさい!アンドロイドかと思って…。」
失礼な。そのアンドロイドに怯えている一般人だよ。確かにアンドロイドなら後ろから声を掛けようが驚かずに対応してもらえるけれども。
「いえ、考え事をしていたので。どのお店ですか?」
僕は気持ちを切り替えて応対することにした。
女性は申し訳なさそうにお店の地図を見せてきた。
「ここです。私のアンドロイド今修理中でして…。迷子にもなるし迷惑も掛けるしほんとダメダメで…。」
随分自虐的な女性だ。地図を見るとどうやら優人さんのところへ向かおうとしているようだ。
「ここ僕の職場ですね。案内しますよ。」
買い出しの途中ではあるが急ぎでもないのでこちらを優先しようとしたら、女性はそれを制止してきた。
「お買い物の途中でしたよね?申し訳ないですし、その後で大丈夫です!」
「失礼なこともしてしまいましたし!」と、女性は言った。
僕としてはどちらでもよかったのだが、先程の申し訳なさそうにしている女性とは別人のように見えて動揺したところ腕を引っ張られてしまった。
「わ、分かりましたから、引っ張らないでください。」
「では、行きましょう!私は
「…ナナシって言います。よろしくお願いします。」
立浪さんはきょとんとした顔をしている。僕の名前は確かに変わっているから仕方無いといえば仕方ないが。もう少し気を使ってくれてもいいんじゃないだろうか。
「ナナシさんはおいくつなんですか?」
目当てのショッピングモールに着いてから立浪さんは僕に聞いてきた。
「24です。立浪さんは?」
この年齢は優人さんが僕の見た目から判断してくれた年齢であって実年齢ではないが、この人と今後付き合いがあるとは思えないし事情を一から話すことにも抵抗があったのでそう答えた。
「へー。意外とお若いですね!私は22の大学生ですよ。」
背が小さかったので若いだろうと思ってたがそこまで若くはなかった。
「ところでナナシさんは何を買いに行くんですか?」
「生活に必要な物とか、食料とかですね。特に変わった物は買いませんよ。」
「それだとすぐ終わってしまいますね。」
「ええ。」
会話があまり続かない。立浪さんは道中話しかけてくれるが、僕は優人さんとしか会話をしていないのであまりコミュニーケーションが得意なわけではなかった。
買い物を順調に済ませ、必要な物を揃えて立浪さんを作業場に送ろうとした時、それは起きた。
「…してる。…のよ。」
周囲がざわつき、誰かが叫んだ。
悲鳴が聞こえて、騒ぎの中心には刃物を持った女性がいた。
僕たちの距離から10mくらい離れた場所にガタイのいい男性が倒れていた。その男性に跨る女性はただただ静かに刃物を男性の突き刺しては抜いて、また突き刺すを繰り返している。この距離だと女性が何を呟いているのか分からないが、何かぼそぼそ言いながら男性を刺し続けている。
「やめろ!死んじまう!」
誰かがそう叫んだがもう手遅れだろう。男性だった者はだんだんと赤く、肉へと変わっていっている。
周囲の人達も自分達が殺されるかもしれないと身動きがとれない。
立浪さんは小さな体を震えさせて、僕の腕を掴んでいた。
やがて、満足したのか、女性は刃物を肉塊に突き刺したまま泣き叫んだ。耳に不快な音だった。
そこまで見てようやく理解した。
「ああ。アンドロイドか。」
僕は今、者と物の境界線に眩暈がした。
AI シキ @siki4
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